前夜祭のパネルディスカッションでは、ふるさと回帰を推進・実践する七人が、いまなぜふるさと回帰かをそれぞれの立場から語り、立松氏がふるさと回帰運動が目指しているのは「一人ひとりがそれぞれの内発性に応じて連鎖する有機的な社会をつくることだ」と締めくくった。
高橋氏が、ふるさと回帰支援センターの活動を通して「実際に踏み切るのはなかなか難しいが、田舎で暮らしたいという希望はかなり強い」との見方を示したのに対して、甲斐氏は「既に年間六、七万人が新しい土地で農業や農的生活に入っている」と指摘。「農と共生」を市政の柱とする関氏は、農村と都会が共に生きる場所づくりに力を入れる施策が中越地震を機に知られ、「小千谷に住みたい」という人が三、四十人コンタクトしてきたことを明かした。
この状況を藤田氏は「高度経済成長と競争の時代にも、自然や命を大切にする運動は静かに続けられてきて、田舎で、愛する人たちと心豊かに暮らす方がいいという考え方がいま臨界点に達している」と表現。横浜の私立高校教師から長野県飯山市に移住した千坂氏と、サラリーマン定年後千葉県鴨川市に移住した宮内氏が、消費だけでなく生産もできる田舎暮らしの豊かさを実感的に紹介。そのためには周りの人とのコミュニケーションを重視し、誠実に付き合うことが大切だと語った。
藤田氏も「自然があるからだけの農村」ではなく、そこでどういう生き方、どういう人間関係をつくるかが大切と主張、自ら農業を選び、農業だけでなくパンや陶器も焼く新しい農業者像に期待をかけた。甲斐氏は農村に向かう若者の多くが三十二、三歳の団塊ジュニアであることに着目。団塊の世代はカネを稼ぐのが仕事だったのに対し、ジュニアたちは仕事と暮らしを近づけようとしているという考え方にエールを送った。
立松氏は「生物の世界のような連鎖を築くには、定年後を田舎や農業にささげるといった発想ではなく、個々の内発するものに応じたしなやかな対応が必要だ」と強調した。
〜日本経済新聞 朝刊 2005年10月10日(日)広告特集「ふるさと回帰フェア2005」より〜 |