←前ページへ戻る
《コメンテーター》
佐藤彰啓(ふるさと情報館代表)
佐藤信弘(「田舎暮らしの本」編集長)
《コーディネーター》
高橋 公(認定NPO法人ふるさと回帰支援センター常務理事・事務局長)
佐藤彰啓
佐藤信弘
高橋 公
田舎暮らしはあわてない、あせらないがポイント
秋田県にふるさと回帰
川井達弘さん
私は53歳で退職し、自分の生まれ故郷である秋田で「田舎暮らし体験塾」を開校しました。50年前の暮らしを基本とする自給自足の体験学校です。開校後の10年間で、都会から既に3000人訪れています。第二の人生は、自分のいちばん得意なものをやるべきです。私のような人が全国各地にたくさんいると思うので、彼らと友達になって都会と田舎を行ったり来たりすれば、だんだん土地に対する視野も広がっていくでしょう。
団塊世代はお金も時間もある方が多いので、いきなり広い土地を買って大きな家を建てて…という人が多いですが、ゆっくり徐々に衣食住を確立していけばいいんです。あわてるとだいたい失敗します。また、田舎暮らし導入期は人とのふれあいがいちばん大切です。
佐藤(彰):「あせらないというのは本当にそのとおりで、物件だけを見て安いからということで飛びつくと失敗しますよね。物件選びより先に地域選び。そこで自分に合うかどうかを見極めたほうがいいですね」
磐梯山のふもとで花づくりをしています
福島県会津若松市にふるさと回帰
星 哲哉さん
大学生の頃、毎年田植えや稲刈りの時期は福島に手伝いに帰っていました。親戚が集まってワイワイやるので農業は楽しいなと感じていました。5年ほどサラリーマン生活を送りましたが、農業をやるため福島に戻りました。私は雄大な磐梯山が大好きで、最初ふもとにある北会津村に行きましたが、米をやるには何千万の資金が必要だと言われ、すぐお金になる花づくりから始めることにしました。1年研修して、2年目から実際に中古のビニール資材を買って始めました。毎年少しずつ収益をあげていますが、結婚すると子どももできて支出も多くなります。祖父の奥会津と会津若松市の2か所でやってなんとか収入に至っています。できるだけコストダウンするようにしていますが、農業は計算どおりにはいきません。
佐藤(信):「農業は、やり方によってはビジネスチャンスもありますよね。ただし、農業を始める場合には慎重に、そしてご夫婦の場合はどちらかが別の職につくほうが安心かなと思います」
移住者と受け入れ側の相互理解が重要
新潟県上越市にふるさと回帰
植木 務さん
私が移住したのは定年直後の60歳でした。たまたまテレビで大島村のPR番組を観て手紙を書いたところ、丁重な返信をいただき、下見に行って定住を決めました。定年までの3年間、神戸の郊外で有機農業講座も受け、車の運転免許を60近くなってからとりました。また、事前に空き家を購入してリフォームもしました。村内の森林組合に再就職し、退職後、今でも不定期のアルバイトをしています。家内も家庭菜園を楽しんでいます。
移住成功の秘訣は、受け入れ側と移住者の2つです。受け入れ側は回帰心理を持っている移住者の心情を理解していただき、移住者の困難時も救える面倒見のよさが大切です。移住者側は、地域の歴史と文化への敬意を忘れずに、自分の生活の場所として地域に溶け込むことが大切です。
佐藤(信):「私もこの地域には何度も行きましたが、小山さんというしっかりした自治会長さんがいるかぎり、この地区はおすすめです。日本で指折り数える優秀な田舎暮らし候補地ですね」
農業はどこに住むかより何をつくるかを優先しよう
山梨県にふるさと回帰
網倉勇太さん
私は生まれも育ちも横浜なのですが、いま山梨県立農業大学で新規就農のための研修を受けています。山梨に来る前に別の県にIターン就職を試みました。いまインターネットや雑誌でいろんな情報があふれていますが、表層の情報を鵜呑みにするのは危険です。実際に行ってみると制度が整っていないところもありました。
農業をやるなら住みたい場所ではなく、何をつくるのかということを先に決めた上で相談しないと窓口で冷たくあしらわれたりもします。ようやく家も見つけて、来年から集落の消防団にも入ることにしています。やっぱり田舎暮らしは助け合いになりますので、率先していろいろ顔を出すようにしたいです。
佐藤(彰):「若い方に私はよく言いますが、まずは一度農業法人で修業してみて、自分が農業に向くかどうかを見極めてみるのがいいのではないでしょうか。これからも応援していますので、がんばってください」
飯山と京都の二地域居住をしています
長野県飯山市にふるさと回帰
谷澤 丞さん
いま長野県の飯山市にある築100年以上の古民家に住んでいます。家が京都にあり、宇治と飯山を行ったり来たりの二地域居住です。家内も田舎が嫌いではないようで、ときどき来ています。
飯山では家庭菜園、木工、陶芸をはじめ、大正琴やギターを楽しんでいます。また、健康にいいので無農薬の有機野菜を食べるようになりました。集落のお宮の掃除に出るようになってから、集まりにも声がかかるようになり、生活にも馴染んできました。 行政でも「飯山に住んでみません課」というわかりやすい課の名前をつけて受け入れをしています。また、ふるさとクラブというのがあり、移住者同士でバーベキュー大会や民宿、蕎麦打ちなどを楽しんでいます。
佐藤(彰):「二地域居住は、田舎暮らしはちょっと…という奥さんがいる方におすすめですね。毎日顔を合わせるよりも都会と田舎を行ったり来たりのほうが、夫婦仲がよくなる例もありますからね」
母への親孝行で始めた田舎暮らし
千葉県館山市にふるさと回帰
福井節子さん
5年前に父が亡くなって越谷の家を売り、館山に家を建て母と夫と3人で住んでいます。母の出身が館山で、老後は館山で暮らしたいとの希望があり、生きているうちに親孝行をしようということで決めました。
今年、JRで館山のPRをしていただき観光客も増えたようです。私は「田舎暮らし応援団」に入りました。移住してくる方にアドバイスをしたりしながら活躍できればと思っています。ふるさと暮らしの成功の秘訣は、「自立と共生」だと思います。やりたいこと、できることが大事じゃないかと思います。よそ者なので、あまり地域には深入りしないように気をつけています。館山では民宿をお貸しして自由に住んでいただくプランもあるので市や応援団に相談してくださいね。
佐藤(信):「最近、子どもが先に行くとか親が先に行くとかいろいろな田舎暮らしの形がありますね。受け入れ側も自由に考えていただいて、より理想的な田舎暮らしのスタイルをつくっていただきたいと思います」
←前ページへ戻る
(c)NPO法人 100万人のふるさと回帰・循環運動 推進・支援センター