いい男の話しをふたつ

昨日は、夕刻から憲政記念館で開かれた福島原発行動隊の隊長であった山田恭暉さんの偲ぶ会に参加した。山田さんとは3年ほど前に60年安保ブンド書記長の島成郎さんの奥様に紹介していただいた。福島原発行動隊は意表をつく提案であった。若者を廃炉現場に送るのは問題である。60過ぎのシニアが被爆しても発病する前に死んでしまうので、そうした人を送るべきだと主張していた。通信を読んで驚いたのは、原発行政を推進するのであれば、事故が起きたときに出動する決死隊をしっかり組織しての後のことにすべきだと主張しておられた。このような過酷な主張は軟弱な戦後民主主義のぬるま湯で育てられた世代からは出てこない。原発行政の本質を問う問題提起だと思った。原発行政には100%の安全神話などないことをも指摘していると思った。この覚悟なく、原発行政を進めることは無責任であるといっているのだ。事実、事故後の福島原発の現状は山田さんが指摘したとおりである。さらに東電は事故後4年目にはいったいまでも、福島原発行動隊の要求を受け入れようとはしていない。志半ばで山田さんは逝ったが、最後はすべての延命措置を拒否し、逝ったという。覚悟の死であったようだ。こんな時代でも、あのような人はいるのだと思った。

「繚乱の春 はるかなりとも」という本が出版された。小生も駄文を弄している。かつて1970年前後に名古屋旭ヶ丘高校から早稲田に進学し、多感な青年の多くが罹患した学生運動にかかり、数年前に不幸な事故で亡くなった男の追想集である。もちろん本人は追想集について知る由もないことであるが、高校時代にサッカー部でともに汗を流した一人の友人が奔走して、出版にこぎつけた。どうせ持つならこのような男を友人に持ちたいと思わせる、こんな時代の稀有な男の奮戦記でもある。

明日で7月も終わり。往く夏が惜しまれる今日この頃である。