和歌山、オンラインセミナーで390名集める

 暑さ、寒さは彼岸まで、とはよく言ったもので4日連休となった今年は、風も空も秋めいてきている。天気予報もこれからは30度を超えることはないのではと言っていた。例年、秋はふるさと回帰フェアを15年開催してきた。今年はオリンピックの関係で1ヶ月ほど開催が後ろに下がり、更にコロナ禍でオンライン開催になった。それでも、これまで一部にオンラインへの対応が間に合わないということで参加辞退が出たが、少しずつやっぱり参加をと、約300自治体の参加が確定している。当日上映する「移住クロストーク」の収録も始まり、あと約2週間に迫った本番に向けて緊張感が高まっている。
 この連休、久しぶりに自治労北海道の道南総支部に呼ばれ、自治研究集会で講演に行ってきた。参加者は60名ほど、久しぶりに懐かしい仲間たちと交流を深めた。北海道は1月に移住促進協議会が一般社団で立ち上げられているが、179自治体の内、31自治体しかふるさと回帰支援センターへの団体会員化が果たされていない。また一時期、いくつかの自治体が広域で情報発信のブースを置いたりしたが、その有効活用が十分になされず、2年程度で撤退ということもあって、コロナ禍もあるが、移住受け入れの取り組みが若干、停滞気味という感じがしている。温暖化の影響もあって近年はかつて程の極寒の日も少なくなり、ワイルドな自然、明治維新後の全国各地からの開拓者が入植して切り開いた歴史などから移住者を区別しない土地柄など、北海道は移住希望者にとっては受け入れてもらいやすい土地柄。息の長い取り組みが寛容と激励してきた。
 来客・取材等は、18日に中央労金の常務の来訪があり、意見交換を行った。また、長野県の信州暮らし推進課の中澤課長が顔を見せ、移住状況などの意見を交換した。この中では新たに9月補正予算で都市部の移住関心層に対し、オンライン化、デジタル化をベースにしたプロモーションを展開するとして5000万円以上の補正予算を組んだことなどが報告された。毎日新聞の取材もあった。20日は長野県上田市のNPOの代表委員の来訪があり、地元で移住者支援の組織を立ち上げたいのでアドバイスを求められた。25日はなんとドイツ公共ラジオ局のインタビューを受け、コロナ禍以後の移住はどうなるのかなどについて質問を受け、ピンチをチャンスに変えるくらいの意気込みで、コロナ禍に向かい、一極集中を打破するために移住拡大に取り組みたいと抱負を述べた。また、ここ数年来の連載で週一回「移住のミカタ」を掲載していただいている産経新聞社会部長の取材もあった。
 セミナーは、先週は連休もあり、7回と少なめであった。まず、15日は福島県が先週に引き続き、FUKUGYOUスクールを開催し、「『ローカル編集クラス(副業)』ローカルメディアのお仕事」をオンラインで開催し、10名の参加。福島の農産品や観光などをいかにPRするのかをライターやカメラマンなどに向けて開き、どうやって仕事を取ってくるのかなどを学んだ。10月には実際に福島を訪ねて取材し、記事を書く研修も予定されている。切り口を変えたユニークなセミナーといっていい。広島県は「継業のイロハ HIROBIROひろしまLOCAL LIFE STATION呉で自分たちの街を!HIROBIROひろしまLOCAL LIFE STATIONをつくる」を先週に引き続いて2週連続で開催した。
 連休初日の19日は4回のセミナーが開催された。まず、北海道が「北海道立北の森づくり専門学校 入学相談セミナー」を対面形式で3組5名の参加で開いた。この専門学校は4月に旭川に開校し、2期生の募集のために開いた。旭川は家具製造で有名で、即戦力を育てることを目標に開校したもので、息子を通わせたいお母さんや高校生とその妹、更に父親で参加し、進学対象にと考えといるとのこと。このセミナー、福岡でも開かれた。滋賀県は「#しがLife 滋賀暮らしセミナー~歴史・文化編~」は犬山郡多賀町からの中継で歴史・文化と暮らしを結びつけようと開催。14名の参加と反響があった。宮城県は2回目のオンラインイベントとして気仙沼市など4市7町の参加で「みやぎ移住フェア『関係人口』」を開催。キャンセルもあり、4名の参加にとどまり、いくつかの課題を残した。佐賀県は「佐賀でステキな仕事をついで見ませんか?~事業継承という働き方~」をオンラインで開催し、6名の参加。小城市のまんじゅう店を事業承継した和菓子職人と中継でつなぎ、継承の思いを語ってもらった。
 22日は祝日ではあったが和歌山県が初のオンラインセミナー「ワカヤマライフTV」を開催し、農林漁業の仕事相談などで14自治体が参加。390名を集めた。これだけの参加者を集めたのは初めて。大きなオンラインセミナーとなった。当日参加もあって、少しバタバタしたが成果を上げた。センター的にも10月のふるさと回帰フェアの前段として、協力体制を取って望んだ。