宇沢弘文教授のご冥福を祈る

明日で9月も終わり。朝夕すっかり秋めいて、かすかに金木犀の香りがするようになってきた。こころなしか庭の木々の色づいてきたようだ。夕方も6時になるとすっかり暗くなってきた。秋はいつの間にか身辺に忍び寄ってきているようだ。

そうしたなかで、最近、訃報が多いような気がする。昨日は社民党の土井たか子氏が逝った。1990年の参議院選挙では「山が動いた」と勝利宣言をしたことを昨日のように覚えている。護憲派の論客でメリハリの聴いた発言が記憶に残る。その数日前には宇沢弘文教授も逝った。先生の社会的共通資本論は自治労的には納得できる理論でよく講演にも来て貰った。あれは何時だったか、宮古島で自治研究集会を開催し、記念講演は宇沢先生だった。満天の星空の元で何人かで先生を囲んで語り合った。ノーベル経済学賞にも御せられた先生であったが、偉ぶったところのない先生であった。連合時代には衆院選の投票率を上げる取り組みを行い、いまは無くなった新宿厚生年金会館で講演会を開き先生にも来て頂いた。あれが最後だった。終了後、隣の水炊きの「玄海」で食事会を開いたが、隣に座った加藤登紀子さんを捕まえて、「なんだ、ただのおばさんじゃないか」といきなり言い放った。加藤さんは、「あらー先生、いやだー」と恥ずかしがった。率直なものの言いようは、素直な性格の表れだったのか、理論と行動が一緒で、思い立ったらすでにチャレンジしていたように思う。三里塚問題でも尽力され、その結果、過激派に狙われ,SPを連れていたときもあった。健脚で、半ズボンにリックを背負い、どこへでも歩いていったりもしていた。新宿ゴールデン街にも出没。酒がまためっぽうに強かった。尊敬できる学者であった。心からご冥福を祈りたい。合掌

 

先週の土曜日には和歌山県と山形県のセミナーが開催された。和歌山県は大阪で月1回は定期的にセミナーを開催するなど精力的にふるさと回帰運動に取り組んでいるが東京での開催は久しぶりであった。近畿圏では早い段階からこの運動に取り組み、全国で唯一、定住センターを南紀・古座川町に置くなど、受け入れ態勢も調っている県で、近年は移住者を対象にした起業家の支援事業で成果を上げている。この日は32名の移住希望者が参加した。県からは課長以下も参加し、次年度以降への更なる取り組み強化を決意していた。また、その後に開催された山形県には12名が参加。鶴岡市、飯豊町、朝日町がブースを構え、移住相談を受けていた。山形県は、かつてはブースを構え積極的な受け入れに取り組んでいたが、最近の急激な移住希望者の増加に対応し切れてないような感がある。食文化の豊かさでは知られた県である分、もったいない。事実、ふるさと回帰支援センターの裏、銀座1丁目のアンテナショップのレストランは開店4年目に入ったがいまだに予約が出来ない状況である。

 

成功裡に終わったふるさと回帰フェア2014から1週間。一山越えた感があるものの、マスコミを含め人の動きはあわただしい。すでに次年度の会場の仮予約も行われている。参加自治体へのアンケートもメールで出させていただいている。結果も速やかにご連絡するようにしたい。会計報告もまた同様にしたい。都市と農山漁村の交流・移住の取り組みは政府も動き出し、これから数年が社会的に定着し、人口減が急速に進むなかで地域社会が生き残れるのか否かをかけた正念場を迎えることになりそうである。心して取り組みたい。

大阪でのフェアでお会いしましょう。