広島が動き、中国ブロックは受け皿ができた

今年も半分が終わった。早いものである。昨日は、九州北部は大雨。長崎は50年に一度の豪雨とか。長崎には雨が似合うといっても豪雨では仕方がない。あのオランダ坂を雨に濡れた紫陽花を眺めながらゆっくりと歩く、登りつめればグラバー邸。そこからは長崎港が一望できる。最後に訪れたのは何時の事であったろうか。異国情緒漂う長崎は好きな町の一つだ。

月末の28日から2泊3日で今年も知床に行ってきた。前理事長の立松和平君の始めた毘沙門祭に参加したのだ。この毘沙門祭も今年で20回目。よく守られているといっていい。地元斜里町の佐野博氏が資材をなげうって守っているのだ。今年も京都、奈良仏教界の大御所、京都の有馬頼底、奈良の大野玄妙両猊下以下、40名を超える僧侶が結集し、地元の方々を含め300名規模の例祭となった。当日は天気も良く、夏の日が僧侶たちの頭に容赦なく降り注いでいた。晴れ渡った空には新緑の木々の間から真っ白い雲がぽっかりと浮かんでいるのが見えた。そして、ワッペイ君がいたらなーと思った。

中国ブロックは、これまで広島県以外のすべての県が有楽町の情報センターにブースを構えているが、中心となる広島県がこれまで動きがなかった。その広島県がいよいよ動き始めた。6月27日に日帰りで広島市を訪れ、第1回広島県交流・定住促進協議会研修会で「地域の特色を活かした定住促進について」と題して講演をしてきた。そして、今月14日からは県庁担当者が2カ月半程度、有楽町でふるさと回帰運動についての研修を受け、移住相談も受け付け、本格実施に備えることになった。日本全国をブロックで分けると、東北は仙台に、北陸は金沢に、中国は広島に、九州は博多に人口が一極集中の傾向がある。全国レベルでは東京に1極集中だ。そうしたことから、いままでそれぞれの都市が所在する県はこのふるさと回帰運動には熱心ではなかった。それなりに人口が集中していたのだ。しかし、そうともいえないような状況となり、今回広島が先陣を切って動き出すことになった。広島が動けば、ブロック全体が受け入れ態勢が整うことになり、3・11の大震災以降、人気を集める中国地方はさらに全国一の移住人気ブロックとなる。これは強みだ。鳥取県の4年で2000名の目標を3年でクリアした実績は伊達ではない。受け皿さえ整備できればふるさと回帰支援センター東京への月1000件の問い合わせ件数はさらに拡充していくことは必然である。

地方の頑張りと東京のふるさと回帰支援センターの頑張りは表裏の関係にある。どちらが表でも裏でもない。いっしょに地方からいまの日本を変えているのだ。中国ブロックに対する期待は大きい。願わくばふるさと回帰運動を牽引していただきたい。