春はまだか

 2月は過ぎるのが早かったような気がする。寒い日も多かった。大雪だって2回も降った。2回目は珍しく10日以上いつまでもという感じで残った。しかし、3月に入って梅は満開で、日当たりの良いところは菜の花だってさき始めている。高校はもう休みに入っているようで朝の通勤電車は大分すいていて座れ、楽である。季節の変わり目、学生たちの旅立ちの季節なのだ。大学・社会それぞれの道はあるのだろうが、是非希望を失いことなく、全力投球で頑張ってほしい。いまの日本は若者にとって希望の持ちにくい世の中となっているが、しかし希望を失うことなく挑戦し続ければ、自ずと道はまだ開くことはできると思う。もし、そうでなかったらこの国は一挙にしぼんでしまうことになりかねない。

 過日、宮崎県の西都市がセミナーを開催した。県央に位置し、日本一と言われる宮崎牛とピーマンなどの施設園芸が盛んな地域で、おいしいが高いことで一躍有名になった完熟マンゴーの産地でもある。東日本ではそれほど知られる地域ではないが豊かで温暖な地域である。このセミナーにも11名の相談者が訪れ、熱心な応答が行われた。これにも私は移住先としての九州の人気ぶりを見た思いがする。
 また、新年度からのブース開設が明らかになってきた。現段階では、県議会の承認の関係で明らかにできないがいくつかの県が開設で予算を計上している。東北のある県は専従相談員を配置して取り組むことにしている。これは最近、粘り強い取り組みで目に見える形で成果を上げてきている秋田県に続けとばかりの姿勢だ。また、大阪にもあらたに中国地方のある県と一時お休みしていたハウスメーカーが復活する。そのほかにもいくつかの県がブース開設に向けて検討を続けている。ふるさと回帰運動は次年度、さらに大きく羽ばたく勢いである。

 個人的なことだが、昨日は1960年の安保闘争を指導した全学連委員長の唐牛健太郎さんの30回忌であった。すでに70歳代も半ばとなったかつての勇者たち約200名が国会前の憲政記念館に集まり往時をしのんだ。10年遅れの70年安保闘争を全共闘の一人として戦った小生も出席、事務方を担った。また7月5日(土)午後3時にはお墓のある函館市民墓地集合で墓参会も計画されている。