量より質が大切なのでは

 昨日は大寒であった。一年でこの時期が一番寒い時期といわれている。今日は有楽町でも時雨れた。これから雨という予報であるが雪になるのではないだろうか。
 年明けから、年末からの流れを引き継いで来客がたえない。おかげでブログを書く時間も取れないような忙しさである。「まち・ひと・しごと創生本部」がらみの案件は前号で整理したとおりで、様子見を決め込んでいたいくつかの県もここに来て動き出し、ブース開設の相談や専従の相談員の配置などで相談に来ている。しかし、一介のNPOとしては破格のがんばりで東京の一等地に600㎡を上回るスペースを確保したものの広さには限りがあり、手狭になってきている。なんとかブースについては希望するすべての県の分は確保しているものの、専従相談員やスペースの確保については希望するすべての分は難しい状況となっています。現段階では30県を越える県がブース開設や専従相談員の配置、あるいはスペースを確保しての相談員や就職相談員の配置を希望してきている状況です。
 特に、静岡市については、政令都市として初めて専従相談員を配置してのブース開設に踏み切りました。最近、マスコミ等で静岡県の人口減が取り上げられたりしていることから市が開設に踏み切ることは画期的で、今後マスコミの注目を浴びることになりそうです。そして、今日は早々と田辺市長が東京事務所長と担当課長を伴って、挨拶に訪れていただきました。
 従来から、ふるさと回帰運動といえばどちらかというと中山間地を抱える市町村が中心でしたが、新たに政令都市までが参入するということになれば新しい質の運動に転化していくことになる予感を感じさせます。前のブログで首都圏の中核都市もこの運動に参加することを検討していると書いたように思うが、さらに政令都市までとなるとふるさと回帰運動の概念の見直しも必要ということになってきます。
 実は、ふるさと回帰運動は人口減対策や地域の活性化のためにだけ取り組むのではなく、生き方や暮らし方を問う運動であるのことは以前から明らかにさせていただいてきています。多分、21世紀はこのことが問われる世紀なのかもしれません。

 昨日、連合時代に付き合いが始まったゆとり教育を提唱した文科省の寺脇研氏に誘われて、東北文化芸術大の東京キャンパスに行ってきました。昨年から始まったコミュニティデザイン学科の学科長の山崎亮教授を交えて、この学科のこれからの展開について話し合いました。若者の田舎志向、特に大卒など高学歴者が多い傾向が最近明らかになるいま、地方で求められている若者をいかに教育していくのか、議論はつきませんでした。
 いま地方で求められている若者こそコミュニティデザインができる若者のはずです。そうした人材をこれから育てていくことこそ喫禁の課題ではないだろうか。地域おこし協力隊などまさにこうした若者であるはずです。人数も大切だが、質はもっと大切だと考えるこの頃です。