中上健次の墓参り 

 過日、和歌山県古座川町に出かけた。理由は古座川町にある県の定住センターの業務委託をふるさと回帰支援センターが受けており、新年度の業務内容についての説明と訓示を行うためだ。

すでに山桜は満開だった。その山桜に誘われるように、新宮市まで足を延ばし、懸案だった懐かしき畏友・中上健次氏(戦後生まれの初めての芥川賞作家)の墓を訪ねた。

彼は新宮市の出身で、紀州にこだわりぬいた作家だった。
私が学生の頃にはよく早稲田に来ていた。そこで知り合い、以後よく二人で飲みに行ったりした関係であった。彼は酔うと荒れてよく人を殴ったといわれており、立松和平君は酒席での同席は回避することがよくあった。彼は私の前ではそのようなそぶりは見せず、いい酒であった。

もう亡くなられて18年になる。訪ねた墓はよく管理されているようであった。
人影もなく、ひっそりと18年の歳月を積み上げ、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。墓に供えられた黄色い花が春の風に揺れていた。上空は風が強いようで大きな木の梢を鳴らしていた。



あー中上氏はここで休んでいるのかと想い、かつて二人で飲み歩いた夜のことなどを思い出してみた。
すでに私も齢60も半ばに達し、残された時間は少なくなってしまったが、とも生きた時代は永遠に心に生きていると思った。

新宮駅の観光案内で中上氏の墓を訪ねたら親切に教えてくれた。駅の外に出たら潮のにおいがしたような気がした。中上氏はここで育ったのかと思ったらフッと路地から彼が出てくるような気がしてならなかった。そして、何かこみあげてくるものがあった。

逝ってふるさと回帰し、ふるさとの墓地に眠る。
これもまた一つのふるさと回帰であることは間違いない。忘れられない一日となった。