酷暑の夏に想うこと

 

 

歳の所為でもあるのかもしれないが、今年の残暑はことのほか厳しいようだ。であるからか、蝉の鳴き声も一段と大きいようだ。

 

今年のお盆も、ふるさと回帰支援センターはしっかりと休みを取った。せめて、お盆くらいは帰省し、どっぷりとふるさとの良さに浸って、これからのふるさとのことを考えてみようと、NPO設立以来、休みにしている。しかし、残念ながら昨年、今年と帰省することはできなかった。常磐線がいまだに寸断され、復旧の見通しが立っていないこともあるが、帰るべきふるさとの実家が先の東日本大震災の津波によって土台まで流されたからだ。帰れないから帰りたくなるのが人情である。そんなこともあって今年のお盆は、ふるさとの思い出にふけった。

 

私の生まれ故郷は、福島県相馬市の原釜という漁村である。自慢は白砂青松の海岸線がどこまでも続いていたことである。東北のどこにもあるような漁村ではあったが、幼いころはこんなに素晴らしいところは他にはないと思っていた。これが数十年前に埋め立てられて、相馬港という港に変えられている。そこで私のふるさとは心の中にしかないと思うようになった。その漁村にいたのは小学校の6年までである。

 

親友立松和平は酔うといつも、ふるさとを取り戻すためにはセメントに塗り込められた日本中の海岸線のそれを引きはがして、白砂青松を取り戻さなければならないといっていた。東日本大震災からの復興事業のひとつに白砂青松の海岸の復活をテーマにする地域もあってはいいのではないだろうか。

 

さらにもうひとつ、今年の東京のお盆は天気も良かったことあったが、空の雲が白く光り輝いてことのほか美しかったことだ。いつまで眺めていても飽きなかった。夏空に浮かぶ白い雲とはこんなに美しいものかとあらためて思った次第だ。