「いのちの党」船出シンポに出席しました

ふるさと回帰支援センター発足以来、顧問に就任していただいている菅原文太さん(俳優)が呼び掛けた標記「いのちの党」のシンポジュムが12月5日、目白のフォーシーズンズ・ホテルで開催された。

 

このシンポには菅原さんの多彩な交友関係から約100名の多彩な方々が参加、「現在と未来の選挙民と立法府、行政府に提言するための、志を持つ個人の穏やかな集まり」と位置付けられた党(集まり)。現在、山梨県北杜市で農業法人を立ち上げ、農業に取り組んでいる菅原さんらしく、この党の志には「消費を楽しむ三次産業の社会から、生産を楽しむ一次、二次産業の社会への転換をめざし、そのために生産基盤となる地方に眼差しを注ぎ、かけがえのない価値を持つ農山村を再生し、活力をつける政策を提言する」と謳っている。

 

開会あいさつは福島県双葉町の井戸川克隆町長、脳学者の茂木健一郎、京都大の田中克名誉教授が行い、基調講演は「いのちの森の防潮堤」構想を提案し、今回の東日本大震災をうけて、青森から福島までの海岸線に南北300キロの「森の長城」建設を呼び掛けている横浜国大の宮脇昭名誉教授が行った。

 

この中では、それぞれユニークな発言が続き、大いに盛り上がったが、私には井戸川町長のあいさつが胸を打った。町長は、7000人双葉町民を代表し、帰るに帰れない双葉町の現状を訴えた。すでに、昨年の3・11から1年9か月、全国各地に散らばってしまった町民に思いをはせ、埼玉県加須市に仮の役場を置き、自らもそこに暮らしながら頑張ってきている。こうした現状において、国になり、県は全く今後の展望も明らかにせず、国策として造られた原発の事故についても謝罪もなく、某大臣は来て、支援しますというが、そもそも絶対安全と言って建設したものが事故を起こした以上、責任を持って、原状回復すべきものなのに現在まで放置している。町民がまとまって暮らす場所の確保を要請しても、県は一切回答せず、黙りこくるばかりと訴えた。立場を置き換え考えてみればわかるが、町長の立場としてやりきれない想いを抱えたままの1年9か月。この国の無責任さには語る言葉もない。巷では、相変わらず出来もしない、いいことばかりをちりばめた言葉による選挙運動が行われているが、どこにも被災者を想いやる言葉はない。この現実を放置した脱原発はない。いつからこの国はこんなにもいい加減な国になっていったのかと嘆かわしく思う。