第1回遠雷忌が行われました

前理事長の立松和平君が逝って4年になります。この8日が命日です。

 

昨年の3回忌の席で、誰が言うともなく、毎年偲ぶ会をやろうということになり、数多ある作品から立松君の出世作である小説「遠雷」にちなんで遠雷忌と命名することに全員一致で決まりました。その時、毎年月命日の2月第1土曜日に、場所は彼のお墓のある下谷の法昌寺(福島泰樹住職)でということになり、先週の土曜日の2日に第一回が行われました。

参加者は約40名。高校、大学時代の仲間を中心に、大学の卒論で立松和平を書いた方や歌舞伎「道元の月」を上演した歌舞伎座の大沼専務、遠く知床からも佐野博さん、番屋の船頭大瀬さんなどゆかりの方々が集まりました。

 

遠雷忌はまず、福島住職の読経で始まり、焼香の後、福島住職が立松君と1971年に初めて出会った頃のなれ初めから始まる法話。次いで筑波大名誉教授で立松研究の第一人者と言われる黒古一夫氏の「立松文学の今日的意義について」の記念講演が行われました。この中で黒古教授は、立松文学は少しも色あせておらず、もっともっと読まれていい文学であることを強調していました。

その後、直会の席では、歳月の流れは早いというがもう4年になるのかと立松君を偲び、往時を語り合いました。参加者からは先の3・11の東日本大震災や福島第一原発の事故など、立松君が生きていたらどのようなコメントを述べたのだろうか、等というコメントもありました。

 

友人たちのカンパで建てられた立松君の慰霊碑は知床(斜里町日の出)にあり、毎年6月の第1日曜日に彼が建立した知床・毘沙門堂の前で毘沙門祭(総代・高橋伴明監督)が執り行われており、今年も6月9~10日に開催されます。その頃は原生花園のハマナスも満開で、知床は1年で一番いい時で、毎年行くのを楽しみにしているところです。