22年度がスタート!さらなる前進を誓う。

4月1日、ふるさと回帰支援センターは朝礼を開き、2022年度のスタートにあたって、さらなる前進をめざすことを確認した。今年は11月にセンター設立から20年という一つの区切りの年を迎えることから、しっかり目標を持って頑張ろうと挨拶した。目標の一つは自治体会員を現在の倍、1000自治体をめざし、当面500自治体の参加をめざす。もう一つは、今月からNHKの地上波で、火曜日の12時20分から23分間、BSが木曜日の19時30分から29分間、それぞれ「いいいじゅー!!」という地方移住者の暮らしぶりを放送することになり、センターとしては組織を上げた協力体制を敷き、地方移住者の好事例を社会化していくことをめざすことを明らかにした。

振り返れば、長いようで短い20年だった。順調とは言えない時もあったが、状況や時代の変化に助けられ、近年は社会的にも一定の評価を受けることのできるところまで来ている。とくにコロナ禍は、この国のバブル経済崩壊以降の国作り・社会づくりがあまりにも強者の論理で推し進められたことにより、持つ者と持たざる者の格差が拡大し、アンバランスな社会が形成され、社会全体が持続可能なものにはなっていないことが明らかになっている。具体的には、目を覆うばかりの貧富の差の拡大を始め、派遣労働者の急増に見られる労働者を代替可能な存在として使い捨てにする雇用形態、保健所などの公衆衛生システムなど社会の基本的な機能が切り捨てられ、いざとなったら機能しないことなどが明らかになった。

いつからこんな国になってしまったのか、こんな国を作るために戦後77年、日本人は頑張ってきたのではないと心ある人達は驚いたのではないだろうか。こうした中でふるさと回帰運動は、社会的にも、運動的にも、人が人として生きるために地方移住、ゆとり・豊かさが実感できる地方での暮しが重要であることが明らかになっている。これは時代の必然だったと思う。非営利のNPOが、持続可能な国造りを都市から地方への人の流れを導き出し、地域から活力ある国造りを始め、それがコロナ禍をきっかけにさらに本格化し、確実に全国化し、拡大していることは日本の希望であるということを話した。

取材、来客は次の通り。24日は島根県安来市田中市長来訪。26日は宮城県東松島市市長懇談、広島県山田担当課長懇談。29日は山口県岩国市長来訪。30日は月刊誌「公評」取材、いわき市東京事務所所長退任挨拶。31日は滋賀県長浜市山崎市議視察、総務省新旧地域自立応援課長あいさつ。4月1日は銀座NAGANO山浦所長表敬訪問。

先週は地方移住セミナーを4回開催した。

3月23日には宮城県丸森町と山元町が合同セミナー「移住先は大丈夫?地域の危険を知ろう!~被災自治体だから伝えられること~」を開催。丸森町は令和元年東日本台風で、山元町は東日本大震災で大被害を受けた。その教訓と町の今の様子を伝えようと災害をテーマに企画した。先日の地震の影響で山元町が残念ながら不参加だったが、動画やパワポで町を紹介。丸森町にUターンした元東京消防庁職員の協力隊が防災のポイントを伝え、町職員も被災後の教訓や現在の町の様子と移住支援について紹介していた。6名が参加した。

26日には宮城県東松島市が「ひがまつ暮らし~ひがしまつしまつり~」を開催。久しぶりのリアル会場開催で、同市の渥美巖市長も駆けつけ、東松島市の暮らしぶりや、そこで暮らす人・地域の魅力、地域おこし協力隊の活躍ぶりなどを存分にPRした。参加者、スタッフともに車座になり直接対話することで、和やかな雰囲気が生まれ、意見交換も活発に行われた。15名が参加し、本気度の高い参加者も多く、「ぜひ訪れてみたい」との声も聞かれた。

長野県飯山市は「大空で深呼吸!北信州いいやま田舎暮らしセミナー 私の農的な田舎暮らしのススメ」と題して、就農をテーマにしたセミナーを開催。飯山市の紹介・就農支援の案内の後に、三重県出身で2010年に飯山市に移住し、40代で新規就農したゲストを迎え、いいやま暮らし体験談を聞いた。減農薬で栽培するキュウリやズッキーニの話や、冬の生活と仕事等について田舎暮らしのヒントになる内容であった。

27日には広島県が「尾道市移住オンラインフェス」を開催した。地域や人とのつながり方、仕事、子育て、農業、住まい、移住などをテーマに7時間連続のライブ配信形式で開催。テーマごとにゲストが異なり、通算12名が話をした。長丁場のフェアだったが、1時間ごとにテーマがあり、入退室も自由だったため、それぞれ関心のある話を聞くことができた。参加者もチャットから感想を送るなどしてコミュニケーションをとっていた。尾道についてさまざまな角度から知ることができたセミナーだった。