地球環境が傷んで、泣いている

中国地方はかつてないような大雨とのこと。温暖で穏やかなイメージがある彼の地は、ふるさと回帰の希望先として人気が高いところであるが、そこが豪雨に見舞われているとは驚きだ。津和野なども河川が氾濫しているとのこと。かつて訪れた時にゆったりとコイが泳いでいた堀も増水し、氾濫しているようであり、あの鯉も流されてしまったのだろうかと思っている。

わが故郷・福島県相馬は河川が少なく、江戸時代の二宮尊徳の報徳農法による農業用の貯水池が各地にあった。この池が子どもたちの絶好の遊び場で、フナ釣りや夏ともなればプールがわりの泳ぎ場となる。大雨ともなれば、池の決壊を防ぐために放水を行っていた。すると放水と一緒に池のコイやフナが流され、雨上りの田んぼの用水路などに思わぬ大物が流されていたりしたものだ。

今回の中国地方の大雨を見て、そんな牧歌的なことを想うとは不謹慎この上ないが、最近の集中豪雨は桁が違う。地域全体が水没してしまうようなすごさで、気象庁も「これまで経験したことの無いような」大雨と警戒警報を出した。地球環境が傷つき、泣いているようだ。

思うに、この集中豪雨は近年のことだ。東京などでもよく氾濫するが、雨粒が大きくなっており、従来の都市計画で想定している道路の排水溝では一気に降る雨を排水できないそうだ。これも温暖化の影響ということのようだが、この集中豪雨も年々、スケールが大きくなっている。北極海の氷もかつてない程に小さくなっているそうだが、そうした影響もこの豪雨につながっている。最近は一時ほど温暖化防止を語る人が少なくなっているようだが地球温暖化は着実に進行している。改めて温暖化防止の取り組みの重要性が語られるべきだ。かくいう私もかつては連合の環境政策担当で地球温暖化防止条約締結国会議がいくつかの国で開催され、そのたびに参加し、各国の労働組合とも意見交換し、2002年のヨハネスブルクでの環境サミットにも参加している。

 

引き続き、ふるさと回帰支援センターを訪れていただく人が増えている。ひょっこりと近くまで来たのでとお訪ねいただく。

過日は、前福島県知事の佐藤栄佐久さんにお訪ねいただいた。昨年の「ふるさと回帰フェア2012」の前夜祭のパネルデスカッションにも登場していただき、交流会にも参加いただき親しく意見交換させていただいたこともあり、大歓迎。福島県が積極的にふるさと回帰運動に取り組むきっかけも作っていただいた方である。

また、地域活性化センターの石田理事長にもお訪ねいただいた。今回任務終了ということであいさつにみえられた。地域活性化センターとは年2回程度交流会を持って意見交換してきた関係もあり、あいさつにみえられた次第。その後、聞くところによると全国町村会の事務総長に就任されるとか、気さくなお人柄から全国の首長さんたちにも大いに影響力を行使されるものと期待している。その他にも、長野県の木島平村や秋田県三種町の首長などにもお訪ねいただいている。今後とも意見交換は望むところである。

驚いたことに、なんと安倍総理の昭恵夫人にも来ていただいた。人柄もさることながら名刺がまた素敵で、選挙区の下関(馬関)港にカモメが飛び、外洋に出る貨物船が係留され、遠くに関門海峡が描かれている図柄で、お人柄が偲ばれるものであった。ご健勝を切に祈りたい。

大山村塾(千葉県鴨川市)で講演しました

13日に千葉県鴨川市の大山村塾において、「ふるさと回帰運動の10年を語る」と題して講演しました。

ふるさと回帰支援センターにとって彼の地は、2番目の地域版のふるさと回帰支援センターが設立されたところです。鴨川には、数年前にジャーナリストの高野孟さんがIターンで移住し、昨年4月から地元の大山小学校の廃校跡地を借りて大山村塾を開校しています。今回は、そこで前回講師を務めた菅原文太さんに続き、講演を頼まれた次第です。

関東地方は、ここ2週間ほどは茹だるような暑さで、当日も酷暑そのもののような暑さでした。ただ、会場は廃校の体育館ということもあって、風が吹き抜け、その風はふるさとの母校の体育館での夏休みの合宿を思い出させるような、草木の匂いを含んだ快いものでした。

鴨川市のふるさと回帰支援センターの昨年度の問い合わせ件数は270件とのこと。ふるさと回帰運動全体の盛り上がりを反映した結果となっているようです。塾が設立されている大山地区には多くの移住者がおり、コミュニティ・カフェもあり、移住した陶芸家の方から記念のぐい飲みを、高野さんからは20年物の日本酒の古酒をいただき揚々と帰ってきた次第です。

地域に人が移り住み、塾が開校され、たまり場としてのカフェがあり、さて次は何が必要なのでしょうか。

直会のビールの酔いの中で私は、その廃校を地域のセンターとして活用できないかと考えました。そして、過疎化が進む房総半島全体を射程に入れて、首都圏からの田舎暮らし希望者の宿泊可能な研修センターを展望したいと思いました。ふるさと回帰支援センターの6月の問い合わせ件数は960件を越えています。これは3・11の東日本大震災直後に匹敵する数です。前回で紹介したとおり、山梨県への問い合わせが全体の問い合わせ件数を押し上げていますが、そのうち約60%は悠々自適を希望するシニア世代です。

千葉県の場合、地域的にも東京から近く、山梨県に負けず劣らずの有利な条件下にあります。しかし、現在まで県は動きが見えません。房総地域の各自治体は鴨川市をはじめ、館山市、南房総市、いすみ市など、それぞれの自治体はここ数年、必死になって動いてきました。しかし、市町村ではおのずと限界があります。そろそろ県の出番と思っています。ようやく県としてもふるさと回帰支援センターの会員にもなって頂いたので、これからの動きに期待したいと思います。ちなみに先月の希望地問い合わせランキングでは千葉は5位です。

9月のふるさと回帰の準備も遅ればせながら順調に進み、ポスター・チラシは今日、出来上がってきました。イラストは団塊世代には懐かしいマンガ「あしたのジョー」の作者のちばてつや先生に書いていただきました。チラシが欲しい方は、ご送付いたしますので事務局までご一報ください。

山梨県の実力を見た

6日、梅雨明けした。満を持したような勢いで東京は一気にむせ返るような暑さとなっている。

今年も6月最後の週に知床に行き、先週末は函館に行き、北海道の夏を経験しているので、今夏の急な梅雨明けは身体に応える。

 

函館は、60年安保闘争の全学連委員長の唐牛健太郎の墓建立23回忌で行ったもの。来年は没30回忌ということで、久しぶりに歴史を検証する文化講演会を函館で開催することを参加者一同で確認した。

今年の墓参りには、かつては立場を異にし、以降、叱咤激励し合う関係というのか奇妙な信頼関係にある(私はそう思っている)一水会の最高顧問鈴木邦男氏も参加された。前から一度参加したいと言われていたので誘った次第で、今回初めて実現したものである。

これまでも会えばあいさつはしてきたが、今回初めて少し話をさせていただいたのだが、義に篤い、心に響くものを持った人であった。鈴木氏も福島県ゆかりの方ということで、一緒に函館最古の寺院・高龍寺に行った。そして境内にある「傷心残目の碑」もお参りした。このお寺は最後の函館戦争の時の病院で、負傷した会津の兵が立てこもったところ。そこを突然襲った津軽や松前の兵によって医師を含む兵が惨殺され、火をつけられたことで、この碑が建立されている。143年前のこととはいえ、こうしたところにもふるさと・福島のゆかりの地があり、ひどい目に合っている。歴史の残酷さを想わざるを得なかった。

 

 

ついに記録が更新された。

といってもそれはセミナーの参加者の数についてである。昨日の岡山県の移住相談会の参加者が159組269名に達した。夕方4時で締め切ったため、相談できなかった人もあったとか。それにしてもすごい数である。中国地方の人気は衰えてはいないようだ。同日は、JR東日本と組んだ長野県佐久市のセミナーも開催された。こちらは大人の休日クラブ会員限定のセミナーであったが、こちらも満員の盛況ぶりで、ふるさと回帰運動の広がりを実感させられる一日となった。

このほど、6月一カ月の来訪者の集計が明らかになったが、何と2年前の2011年の東日本大震災以来の950件を越える数の多さになった。その理由はいくつかあろうと思うが、一番は6月から山梨県がふるさと回帰支援センター内に人員を配置したブースを開設し、移住と就職相談を合わせて対応していることによるもののようだ。来客も一カ月で170件を越えた。断トツのトップの集客である。周辺地域の相談が増えたり、負けてはいられないと周辺地域もPRに注力したこともあり、いい意味での相互作用による相乗効果による結果が生まれているのではないだろうか。事務局としてもある程度の結果は予想されたが、こんなに早く成果が出るとは思わず、山梨県の実力を見せつけられた気がする。

動き始めた高知県の移住対策 

7月になった。まだ梅雨は上がってはいないが、今日は朝から暑く、夏背広がうっとうしいような気がした。梅雨明けも近いのではないだろうか。

6月29~30日、恒例の毘沙門祭で北海道・知床に行ってきた。彼の地は前理事長の立松和平君が愛してやまなかった地で、ログハウスまで購入し、滞在したこともある地である。そこに早稲田の先輩で歌人、法華経の住職でもある福島泰樹さんの協力で毘沙門堂を建立したのが19年前、毎年例大祭を行っている。それに参加したのである。知床は、今年は寒く、5月に60cmも雪が降るなどして、知床横断道路は開通が遅れて、やっと7月1日からということだ。ただ、今回は天気が良く、暖かさも十分で知床の夏を満喫することができた。

 

地元の農家の人に話を聞くチャンスがあり、TPP問題について伺ったが不安は大きいようだ。このままTPPへの参加が強行されれば1/3の農家は離農せざるを得ないのではないかということであった。明治になって本格的な北海道への入植が始まって100年にはなるのだろうか、荒野を開墾し、今や広大な農地となった、豊かな大地が離農ということで荒廃していくのは悲しい。まして、この大地と格闘してきた先達を想うと他に手がないのかと心から思う。

ただ単に、利益を得ることを第一に考え、国の形や姿、食料安保や自給率の確保を考えず、アメリカの要求に屈し、国を売るようなことは「百害あって一利なし」と言わざるを得ない。すでに人心の荒廃はとめどなく広がる現状において、さらに悪化することは明らかである。「衣食足りて礼節を知る」のは当然のことである。格差社会を拡大することによって、この愛すべき国土を荒廃させてはならない。

 

さて、いよいよ高知県の移住への取り組みが本格化してきたようだ。5月の東京交通会館での相談会には83名の参加があり、大いに賑わったが、6月30日にもまたふるさと回帰支援センターで相談会を開催し、56名の参加者を得た。今回はゲストにビックコミック誌の「釣りバカ日誌」の主人公・浜崎伝助のモデルとも言われる黒笹慈幾さんをお呼びして、高知暮らしの楽しみ方を語っていただいた。この取り組みのキャンペーンポスタ―もまたいい。チャッチコピーは「高知県はひとつの大家族やき。」で、ちゃぶ台の前に高知出身の広末涼子が座っている。このレトロさが目立つようだ。

NPO総会が開催されました

第15回NPOふるさと回帰支援センター総会が21日に開催された。総会に先立って理事会が同日午前11時から東京交通会館地下2階会議室で開催され、総会議案等を原案のまま、承認された。理事会には11名の理事の内、6名が出席。書面議決書で意思表示が5名。代理が3名出席し、傍聴した。監事も1名出席した。

総会は会員総数264名中26名が出席。委任状による出席が108名、同計134名で成立した。今年は理事改選の年に当たり、3号議案で新たに1名の理事を追加し、12名体制で運営する提案をして、原案通り承認された。

昨年秋に、NPOとして設立されて10年が経過したことを踏まえ、マンネリ化を排し、さらに創造力豊かに都市と農山漁村との交流・移住推進に取り組むことを基本にした事業報告、事業計画についても、原案通り承認された。

 

先週末、久しぶりに鳥取県自治研センター主催のシンポジウムに参加するために鳥取県を訪れた。だいぶ暑くなっていたが、穏やかな気候で空港に降り立った際に、何だか癒されるような気分にさせられた。

羽田空港では学生時代の後輩とばったり会った。なんでも母方が鳥取県出身とかで墓参りに行くところとのこと。彼は今を時めく村上春樹氏と高校、大学と一緒で、ジャズを愛し、かつては村上氏とはとても近い関係だったとのこと。現在は広告代理店を経営し、小生も株主の一人になっている。ふるさと回帰支援センターのロゴマークは彼の会社の提案で始まった。

 

シンポジウムは、人口減少社会における若者の雇用と定住に関する調査研究として鳥取県内の居住意向調査等に関する若者の意識調査結果を踏まえて開催された。テーマは「人口減少社会における定住・移住にむけた町づくりー2×××年 鳥取県が消えてなくならないために―」とされた。調査結果からは県内の高校生は50%が県内進学を希望、県外進学は8%に留まった。しかし、県外就職は8%に留まり、県外は18%と地元志向が明らかになった。

この結果を踏まえ、シンポジウムは行われ、私は基調講演とパネリストとしてのコメントを求められた。古巣の自治労の要請とあらば何はさておき駆けつけるのが浮世の義理というもの。精一杯務めさせていただいた。

講演内容は10年間のふるさと回帰運動の動向と現段階の課題について。団塊世代の地方回帰で始まったふるさと回帰運動も、団塊世代から若者へ、さらに子育て世代へと拡大し、10年掛かって社会運動として一定の評価をいただくようになったことを語った。特に、近年の著しい若者の田舎暮らしの増加について語り、ふるさと起業の重要性を強調させていただいた。

石に上にも3年と言われるが、全国的な規模の社会運動をそれなりのものにするのには結局、十年かかったということも率直に語った。10年継続できたのは何も自分がやったのではなく、多くの団体や個人の協力があったればこそと思っている。幸運だったということに尽きるような気がする。

韓国からの視察団が来た

韓国からの視察団が6月に2団体が予定されていた。しかし、残念なことに一団体は現下の日韓関係から、参加者が減って延期となった。日本にいるとわからないが、だいぶ緊張の度合いが強いようだ。韓国の朴大統領は女だから舐められてはいけないと筋張った対応をしているのかもしれない。個人的には好感が持てる。

もう一方の団体である京畿道楊平郡日本農業研修の一行は総勢29名でやってきた。ふるさと回帰への関心も高く、あちこちから質問があがった。主な質問では、いきなり地方に入って行ってうまくいくのか、地域とのトラブルはないのか、若者の田舎暮らしが増加しているようだが、子どもの教育における問題はないのか、など教育熱心なお国柄を反映した質問も寄せられた。

韓国は最も身近な隣国である。歴史的にも深い関係を結んできた国でもある。よく言われることだが、迷惑をかけた方はすぐ忘れるが、かけられた方はいつまでもよく覚えている。従軍慰安婦問題も、あったか、なかったのかを争うだけでは問題の解決にはならない。事実関係をはっきりさせるなど、歴史的な総括をしっかり行い、将来性のある関係を再構築すべきだと考える。

個人的には、韓国人は感情が激し過ぎる人も見受けられるが、フレンドリーな人も多く、仲良くやれる方々だと思うが、いかがであろうか。4年ほど前に講演で呼ばれ、かの国で話をし、夜は飲み会となったが、どうもよその国にいる感じがしなくて困ったことを思い出した。

 

前のブログにて紹介した、団塊世代のネットワークのNPO法人プロジェクト猪の総会での鳩山さんの講演会は、概ね参加者たちには好評であった。

最後は普天間問題が総理辞任のきっかけになったようだが、これは既得権派が寄って、集って鳩山さんを追い込んだ結果のことのようだ。まず、前提は日米関係を従来通り維持することに置いたことから始まる。鳩山総理は沖縄の負担軽減をどうすべきかを考え、県外で受けてもらうしかないと判断し、最低でも県外と発言した。これが無責任と指弾されたが、政府のトップが初めて方向性を示したことから、沖縄では鳩山さんの人気は高い。東アジア共同体構想も既得権派にとっては許されないことだが、戦後68年たってもアメリカの後ろについて歩くことだけでは何も変わらない。常時駐留なき日米安保こそ目指すべきと考えたことから東アジア共同体は出てきているようだ。2009年のトップ会談に臨んだオバマ大統領は政権が変わったのだから、そういうこともあるのではないかと理解を示してくれたとも話し、政権交代で日米関係がめちゃくちゃになったと安倍自民党は批判したが、そうした事実はなかったと語った。

逆に、安倍総理こそ、オバマ大統領に忌避されているように見受けられると現状を語った。さらに、終盤の民主党政権について、小沢問題に代表されるマスコミを含めた米・財・官・電などの既得権派の事実の粉飾による民主党たたきを行ったが、いかがなものかと語った。鳩山氏は交流会にも参加され、久しぶりの同世代であるプロジェクト猪メンバーと語り合った。メンバーの中にこれまで鳩山さんは何回、私どもの会合に参加されたかを数えている人がいて、今回がちょうど5回目ということであった。ますますのご活躍を祈念したい。

6月に想うこと

季節外れの台風が来ているようで今日は雨。梅雨に入ったはずなのに雨も降らず、降ったと思ったら台風の雨が降り、今年は天候不順である。何かが少し狂っているようだ。

前回も書いたが、山梨県のブースには順調に来訪者が訪れて、2週間足らずで40名の来訪者になろうかという状況となっている。もともと「週末は山梨にいます」というキャッチコピーで2地域居住の取り組みで成果を上げ、田舎暮らしでは八ヶ岳山麓を中心に数千名の居住者を数える地域だけにそれなりの反応は予想されたが、折からのふるさと回帰運動の盛り上がりもあって上々の滑り出しとなっている。

また、最近明らかにされたが人気の中国地方の鳥取県が2012年度で県外からの移住者が前年度比で4割増の706名に達したとのこと。中国地方では一番早くから東京と大阪のふるさと情報センターにブースを構え、積極的な移住者の確保に取り組んできたが、その成果が出たというところである。移住前の居住地は大阪が93名、東京が77名、兵庫が76名とのことである。

 

6月は企業の株主総会の季節でもあるが、NPOの総会の季節でもある。古くは1960年の安保闘争も6月に岸総理(安倍総理の御祖父)打倒と学生や労働者など数十万人が全国から集まり、幾重にも国会を取り囲んだこともあった。こうしたことから、6月の声を聴くと、とりわけ思うことがあり若き日の頃の様々なことを考える。

今週末の15日には20年前に立ち上げたNPO法人プロジェクト猪の総会が予定されている。このNPOは団塊世代のネットワークで私が代表である。今年の記念講演は団塊世代の政治家の代表でもある鳩山由紀夫元総理が「権力の中枢でみたこと」をテーマに祖直な話をしていただくことになっている。

次週の21日はふるさと回帰支援センターの総会。1年間の事業報告とこれから1年の事業計画が提案される。3・11をきっかけに大きく盛り上がってきたふるさと回帰運動の在り方をめぐって活発な意見交換をできることを期待したい。

 

さらに6月は紫陽花の季節。雨に打たれた紫陽花は、それはそれで風情のある花で好きな花の一つである。

一句  「紫陽花に 心奪われ 雨の中」

地銀が県と移住推進で協定かわす

6月になった。5月下旬に梅雨入りしたが、もう梅雨の中休みに入ったようで、今週は晴れた日が続くとのこと。昨日は、過日、講演に呼ばれた神奈川県大磯町でNPO大磯大好き倶楽部主催の地引網大会に参加してきた。当初は雨模様との天気予報だったが、梅雨前線が南に下がったこともあり、薄日が差す絶好の地引網日和となった。相模灘に面した大磯町は古くから地引網が行われていたようで、現在でも2軒が継続的に行っているとのこと。砂浜が続く海岸線は見渡す限り、遠くまで砂浜が続いており、その先には雪を頂いた富士山が美しい姿を現し、まさに絵のような景色となっていた。

私の地引網の体験は何と50年以上も前のこと。いまは相馬港となってしまった相馬市原釜(はらがま)は、かつては美しい遠浅の砂浜が隣町の新地町釣師浜(つるしはま)まで続き、それは美しい白砂青松の浜であった。初夏ともなれば、子どもたちが集まり、延々と網を引き、鯵やサバ、ヒラメなどが面白いようにかかったものだ。小鯵などは手で頭を取り、指で三枚に開き、さっと海で洗い、口に放り込む。なんともいえない旨さであった。

この白砂青松の風景は、太平洋側の東北地方にはどこにもあった風景であることが今回の東日本大震災で知った。かの奇跡の一本松で有名になった陸前高田市の高田松原も多分同じような風景であったのではないだろうか。この懐かしい風景も全国各地で残っている地域は数えるくらいしかないのではないか。多くは、景観ぶち壊しのテトラポットで埋め尽くされているようだ。淋しい限りである。さらに、今回の東日本大震災で海岸線は10mを超える防潮堤で取り囲まれることになる計画のようだ。せめて、森の長城で国土を守ってほしいと願うのは私だけではあるまい。

 

今月から、山梨県が「やまなし暮らし情報センター」をふるさと回帰支援センター内に開設した。1日には横内知事も参加したシンポジウムが開催された。パネリストにはやまなし大使を拝命しているシンガー・ソングライターのイルカさんも参加。30年以上別荘として山梨県に住んでいる経験を踏まえた山梨県の魅力を語った。この開設セレモニーに先立つ5月31日には県と山梨中央銀行が協定を結び、17の支店長・営業所長がアドバイザーとして移住相談に応ずるほか、各支店内の大型テレビで移住を呼び掛ける映像を流す。さらに、古民家のリフォーム資金の低金利融資など、移住につながる商品の開発も行うことにしているとのこと。こうした定住人口の確保を目的に県と地方銀行が協定を結んだケースはない。成果が注目されるところである。

先月からの山口県と高知県のブース開設に引き続く山梨県のセンターの開設で、ふるさと回帰支援センターの田舎暮らしを希望する都市住民に向けた求心力はさらに高まるものと期待が高まっている。

移住希望者の絶対数が急増している現状を固定化し、さらなる道府県のブース開設により、人口減を上回るふるさと回帰者の増加をめざし、地方人口の持続可能な形での増加を目指したいものだ。そのためには、全国各地でのモデルとなるような田舎暮らしのケースを発掘したいものだ。

ふらりと薫風に吹かれて旅に出よう

関東地方も今日、梅雨に入ったとのこと。例年より若干早いような気がします。桜も今年は早かったようで、全体が前倒しという感じがします。天候の不順などなければいいのですが・・・。2011年の東日本大震災以降は、天変地異がどうしても心をよぎるようになっています。少しでも例年と違うとまた何かが起こるのではないかと思い、自然と無事を祈るような気分になってしまうのは自分だけでないのではないでしょうか。

過日、新聞を読んでいたら、細川元総理が「緑の長城プロジェクト」の広告に載っていました。ふるさと回帰支援センターの顧問の菅原文太さんも先の「いのちの党」の設立総会でもこの運動への共鳴と参加を表明していましたが、大分広がってきた感じを持ちました。当然、漁師の子どもである私も、被災県で検討されている「緑の長城」ならぬ10mをこえるコンクリートの堤防には反対です。人は有史以来、水辺に住んできました。それを1000年に一度ともいわれる今回の津波に懲りて10mを超える堤防を築き、自然に逆らって暮らすなど考えられません。漁師は風を読み、潮のにおいを嗅ぎ、海の色を見て漁を測るのです。是非、福島県民総体での海岸線全体での「緑の長城」建設運動に参加し、自然との共生を軸にした暮らしをしたいものです。

数日前に、久しぶりに福島県にお邪魔しました。県内の自治体職員を対象にした政策研究会での講演を要請されたことによるものです。テーマは「ふくしまのイメージアップにむけて」というものでした。

私はこのテーマに対し、「誇りの持てるふくしまの再構築に向けて」と題して話しました。

それは、県民一人ひとりが誇りの持てるふくしまを創ることがすなわち福島県のイメージアップにつながるのではないかと思ったからです。未曽有の災難ともいうべき福島第一原子力発電所の事故、100%安全と言われて作られた原発。それが事故を起すなどということはまさに寝耳に水のようなもので、その驚きとショックは今も癒えていない。

今後、何十年もかけて、世代を超えてふくしまの復興を勝ち取るためには何よりも心が折れないようにして、あの140年前の戊申の役での敗北から立ち上がった確固不抜の精神に学びながら、もう一度立ち上がり、生きていくしかないと思うからです。

地味な取り組みではありますが、自治体職員のレベルでも風評被害をはじめとした様々な困難に対して克服に向けたこうした取り組みが行われていることに心を強くしました。

今年も田植えに季節となり、薫風が早苗を揺らしています。東北はいまが一番いい季節です。ふらりと旅に出かけませんか?

地域社会を守るためにふるさと回帰運動はある!

どうも今年は天候不順のようだ。5月の連休というのに気温は3月下旬並みとのこと。今日は帰りが遅くなるかもと思い、念のため、コートを羽織ってきたがそれがなんとも重い。季節外れのコートが重いなど意識したことがなかったが、歳によるものだけではない、何かを教えられたような気がした。

 

5月になって、事務所には新たに高知県と山口県のブースが開設された。3・11以降、中・四国地方が「安全・安心」の観点からふるさと回帰の人気エリアとなっているが、高知は四国では初のブース開設だ。有楽町の事務所がある交通会館の裏、外堀通りに面した銀座一丁目にはアンテナショップが開設されており、2階のレストラン「おきゃく」では安価でカツオのたたきをはじめとした土佐料理も楽しめる。事務所が東銀座から移転して1年、カツオ好きな私はすでに常連となりつつある。

中国地方は岡山県が、突然と思えるような勢いで最近人気となり、今回の山口県のブース開設で中国地方の中心の広島県を除き、すべての県がブースを開設、万全の受け入れ態勢を確立したことになる。山口県はプライベートでも毎年訪れている。訪れる所は周防大島の先の沖家室島だ。そこには学生時代の先輩の墓があり、今年も3月に17回忌ということで友人たちとお邪魔したばかりだ。その島の泊清寺の新山住職はなかなかの人物で親しくさせていただいている。3月には昨年知事に当選した山本知事も顔を出された。

 

過日、長野県駒ケ根市をお邪魔した。同市の田舎暮らし推進協議会の第2回総会が開催され、その総会で話しを頼まれたからだ。長野市や松本市には何回となくお訪ねしたが、県南地方ははまだ一度も行ったことがなかった。福島ゆかりの保科正之公は高遠城主から会津に行かれた方だ。その桜は有名だが、すでに終わっていて見ることができなかった。変わりと言ってはなんだが光前寺の枝垂桜は満開で、京都・平安神宮の枝垂桜に勝るとも劣らない見事さであった。また市内にはいたるところに水仙が自生し、遠く中央アルプス、南アルプスが望める風光明媚なところであった。この駒ケ根市はふるさと回帰を仕掛けたのは最近だが県内でも屈指の人気エリアとなっている。

 

過日、担当が有楽町の情報センターにはどのくらいの地方自治体の情報が蓄積されているのかを数えたところなんと800の情報があるとのことであった。過疎化・高齢化に悩む自治体の必死の取り組みが伝わってくるような気がする。TPP交渉も始まろうとする中、何としても地域社会を守るための取り組みに組織をかけて頑張りたいと愚考する。

滴るような新緑の頃、よい連休をお楽しみください。