セミナー

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セミナーは盛況が続く

3月5日の夜,BS日テレの「深層NEWS」という1時間番組に出演した。相手は「まち・ひと・しごと創生本部」の副大臣。今風のスタイルのよい政治家。まだ若いがもう政治家風の感じでよく話す人だった。総務省の「全国移住促進センター」の評価については同意見で、ウェブで移住先を紹介する手法はうまくいかないのではないかということでは一致した。 BSとはいえ、あの番組は看板番組のひとつらしく、スタッフは30名ほどがいた。力の入れ具合が違うと感じ入った。視聴率も高いようで、翌日のセンターのHPは数多のアクセスでダウンしてしまった。また、用もないのに覗きに来る人や私に会いに来る人まで現れて、昼食に出て帰ってくるとエレベーターの前で知らない人に声をかけられる始末。話がしたいんですがという。変な感じであった。 セミナーは相変わらず盛況である。まず、8日の山梨県韮崎市のセミナーには市長自らが出席。市の概況を紹介した。職員も8名が参加。参加者は36名を数えた。 7日は長野県の飯山市と岐阜県が5階と6階でそれぞれ開催した。飯山市は農的田舎暮らしをテーマに家庭菜園の楽しみ方を教えた。こうしたセミナーの設定はとっつきやすく夫婦連れの参加者も多かった。さすが、慣れたセミナー運営と感心した。しかし、残念なこともある。「飯山住んでみません課」がなくなり「移住定住推進課」と担当窓口が変わるとのこと。せっかく全国に知られた「住んでみません課」の名前をなくすのはいかにも残念である。 岐阜県も県下の市町村を引き連れて開催。昨年の移住者の実績も鳥取に次ぐものがあり、多くの参加者を集めた。4月からは専従の相談員を配置してふるさと回帰運動に取り組む。過日、知事も挨拶に来られた。力が入っていると感心した。 4月から22県1政令市が専従相談員を配置してふるさと回帰運動に取り組む。その相談員の人選がいよいよ始まる。すでに30名を越える相談員希望者が希望県は40県をエントリーしてきている。これを書類選考し、面接に入る。 基本は担当県の出身者が望ましい。風のにおいも気質も、歴史も食文化だって知っている人が望ましい。これが前提である。そして、適性は、相手の話をよく聞くこと。そして、相手の立場でものを考えること。移住希望者は、人生を変えるくらいの気持ちで相談に来るわけであるから、さまざまな期待を持ってくる。それをしっかり受け止めなければいけない。また移住には向き不向きがある。誰でも田舎暮らしが出来るわけではない。その辺をしっかり観察し、適正を見極め、対応しなければならない。もちろん、相談員にも適性がある。それを間違えると大変なことになる。ふるさと回帰運動の発展に向け、気の抜けない日々が続く。

今日もふるさと回帰支援センターは大賑わい

 今日で1月も終わり。早いもので1ケ月が足早に過ぎていきました。東京の空は雲ひとつない快晴。昨日、日帰りで山形市に行きましたが彼の地は雪でした。深々と雪が降るという感じでした。東北芸術工科大学で講演を頼れ行ってきました。超多忙なので断りたいところですが、長い友人の寺脇研氏に頼まれれば断ることもならず、行ってきました。1年生を対象に話したのですが女子大生は「ゆとり教育の最後の世代です」と自己紹介していました。教育関係者の間ではゆとり教育は評価が低いようですが、私は高く評価しています。人格形成上は大いに意味のあることだと思っています。当時連合はゆとり教育賛成でした。最近の若者の田舎志向もゆとり教育の影響があると思っています。偏差値教育からはふるさと回帰運動は生まれません。帰りに時間があったので県庁まで足を伸ばし、知事を訪ねたのですが、予算編成で忙しいということで会えませんでした。「西高東低」のふるさと回帰運動の現実を何とかしたいと思っているのですが、当事者がその気にならなければどうにもならず、降り募る雪を見ながらため息をつくガラス窓に写る自分を見ていました。  今日のふるさと回帰支援センターは賑わっています。5階では新潟県上越市が、6階では島根県が昨日と今日と2日連続で、3階では岡山県がそれぞれセミナーを開催しています。岡山県のセミナーには17時の時点で150名を越える希望者が、島根県には両日で154名もが、上越には12組14名が参加しています。とくに、岡山、島根は人気が高く、昨年の勢いをそのまま引き継ぐような熱気が感じられます。これらのセミナーには次年度からブースを構える予定の県からの視察もあり、すでに移住希望者の取り込みに向け激しい火花が散っているようです。しかしながら、移住希望者がここ2年急増しており、専従相談員を配置して取り組む予定の22県もそれなりの結果が期待できると踏んでいます。問題は、地元市町村の受け皿です。一昨年9月から専従相談員を置いた山梨県は、年間の相談件数は2000件を越えたが受け皿が追いつかず、苦労されました。この辺の対応をよろしくお願いいたします。  明日から2月、寒さもこれからが本番。ご自愛ください。

増床報告パーティーに100名以上参加

 今年も残すところあとわずかとなった。今日も北国は大雪とか。例年になく、今年は雪が多いようだ。雪に限らず、今年は自然災害の多い一年だった。来年は自然災害の少ない年であってほしいと祈るばかりである。ふるさと回帰支援センターの営業は、今年は26日(金)まで、新年は5日(月)から平常通りの営業となる。  今年も忙しい一年であったが、成果のあった年であったと総括できる。まず、コンスタントに毎月1000件前後の相談件数を達成できた。これはふるさと回帰運動が新しいステージに入ってきた表れといっていいと思う。とくに、この相談件数のうち、面談やセミナー参加など、直接、有楽町の情報センターまで足を運ぶ方が80%を超えていることは、真剣に移住を考えている人が多くなっていること示すものと言っていいだろう。併せて、HPのアクセス数も9月、10月は10万ページビューを突破した。これも新しいステージに入ったことの一つと考える。次には、10回目という記念すべき開催となった「ふるさと回帰フェア」の開催場所を有楽町の東京国際フォーラムに変更し、従来とは違う客層を1万4000人も動員でき、参加自治体からも概ね好評を得て、次年度も是非、東京国際フォーラムでの開催を望む声が圧倒的であったことだ。さらに、この運動の原動力ともいえるセミナーの開催についてである。先週末までで開催回数は136回に達した。この回数は評価できる数と言える。全国各地の自治体が有楽町に足を運び、わが町への移住を呼び掛ける取り組みは、地味な取り組みではあるが、おろそかにできない大切な取り組みといえる。来年は5階(東日本)と6階(西日本)のふたつの会場でセミナーの開催が可能になり、200回は十分開催できるのではないだろうか。また、一人でも多くの人にお会いできることを楽しみにしている。以上の今年1年の成果を踏まえ、来年はさらなる運動の飛躍に全力を傾けたいと思っている。   19日の増床報告パーティーにはNPO発足時の呼びかけ団体の連合,JA全中、農業会議所、会員自治体、団体会員などから100名を超える参加者で大いににぎわった。とくに静岡は副知事ほか10名の県庁職員が参加。次年度に向け動き出したようだ。記念講演は「まち・ひと・しごと創生本部」山崎事務局長代理が「いま、創生本部のめざすものとは」と題して講演。年来に取りまとめられる創生本部の総合戦略の概要にも触れながら話された。参加者からは話しがわかりやすく大いに勉強になったとの声が寄せられた。講演資料を希望の方は事務局にご一報いただければ、お送りします。パーティーは初代総務省事務次官の島津顧問の開会あいさつ、11月に亡くなられた菅原文太顧問への献杯ではじめられた。  21日には今年最後のセミナーが青森県主催で青森市と五戸町の参加で開催され10組12名が集まった。20日は長野、富山の来年3月14日開通の北陸新幹線沿線県の合同で行われた。この合同開催は初めて。参加者も80名を越えて、熱気あふれるものとなった。もともと北陸は生活水準が高く、文化度、水や食べ物がうまく、知る人ぞ知る地域であり、新幹線が入ることで地域にどのような影響が出るのかと言われているところである。そこに人気の長野県が共同開催。もう少し集まってもよかったのかもしれないが、膝を突き合わせての開催となるとこのくらいが限界か?この日は土曜日とあって、秋田のAターンの個別相談会も開催されていたが、これがなんとUターンを中心に7組8名の相談者が来た。じわりと秋田県が成果を上げてきている。粘り勝ちともいえる成果で、注目に値する。年明けの1月10日には今年から本格参入してきた広島がセミナーを開催する。こちらには11の市町が参加。各地の広島スタイルの暮らし方をアピールする。ポスターも「泣ける、広島」がコピーになるなど、面白い。この広島、18日には県議団16名が有楽町に視察にこられた。次年度予算編成前の視察、力が入ってきたようだ。

セミナー開催は周知期間が大事だ

先週の金曜日の12日、日帰りで盛岡に行ってきた。もう、東北は冬本番。仙台から先は、平地にも雪が残っていた。それにしても、東北は近くなった。「はやぶさ」に乗車すれば131分だ。 総選挙は予想通り。自民党の圧勝。民主等の油断もあるが勝ちすぎの印象がある。戦後70年を来年に控え、本質的にはきわめて重要な選挙だったはずだ。この2年間の安倍内閣はさまざまな問題提起をしてきた。その真を問う選挙だったはずだが、それを自民党はアベノミクスという経済政策を問うとすり替えて選挙戦に持ち込んでいた。選挙戦術の勝利といってもいいだろう。それに対し野党は争点を絞り込めず、抽象的な内容の乏しい論陣を張って完敗した。とくに民主党は酷かった。自民党の受け皿にもなれない。その他大勢の野党のひとつの位置に甘んじていた。それは投票率を見てもわかるとおり、投票するところがないから棄権したという人が多かったのではないだろうか。いま戦後社会の大きな曲がり角にある日本においてまともな野党が見当たらないのはさびしい。いよいよもって、この国は先の見えない状況に突入したのではないだろうか。 各自治体のセミナー開催は順調に回を重ねている。1月から12月の1年間で今年は136回に達することが明らかになった。満足すべき回数である。内容的には成功例、失敗例さまざまあるが、やはりせっかく開催するのであれば、十分な周知期間をおいて開催するのがいいようだ。場所が空いているからと場当たり的に開催してもうまくいくわけではないことは知っておいていただきたい。14日の高知県の移住と就職をあわせたセミナーは交通会館の12階のイベントスペースで開催されたが、こちらには初参加の高知市をはじめ34市町村のうち21自治体が参加。そこに従来からの集客数を上回る143名の移住希望者が押しかけ、大いに盛り上がった。県が本腰を入れ始めた高知県。いま、高知県が面白いようだ。また、当日は福島県の相双地域が復興・再生の人材を求むとして久しぶりに開催した。こちらは11名の参加だったが、主催者は大いに手ごたえがあり開催してよかったといってきた。この地域は福島県の浜通りに位置し、原発にも近く、復興への道は険しいがそれでもあきらめない姿勢が敬意に値する。 選挙も終わって、いよいよ「まち・ひと・しごと創生本部」も動き出す。創生本部への期待は高い。当面、年末までにあきらかにされる総合戦略にどこまで具体的な内容が書き込まれるのかが注目点だ。それが地方の総合戦略策定にかかわってくる。あるべき姿はもういい。具体的な政策こそが必要であることはいまさら言うまでもないことである。

具体的提案のあるセミナー開催を

パソコンで「せんきょ」と打ったら、「占拠」と出て、驚いたので雑感を少し書きます。香港では若者たちが身体を張った闘争に立ちあがり、結局は警察権力に排除ということになりそうだが、よくやったと思います。この闘争については、イギリスも看過できず、調査に入ろうとしたが拒否されたようで、すでに返還して15年、影響力の行使はできなかったようで残念です。しかし、高校生を含む学生の反乱はそれぞれのこれからの人生に様々な心の糧を与えたのではないでしょうか。権力とはどういうものなのかも知ったはずだし、日常と非日常で人の心も変わるし、見えたものは大きかったはずです。人生は長い。一生のうちには一回ぐらいはこうした身体を張った運動に参加することは意味があるように私は思います。社会の本質を見ることができます。見ておくと、生き方も変わってしまうように思います。いざとなった時、怖気づくこともなくなり、それなりに正しい判断を下すこともできるようになります。 東京交通会館の5階に事務所を拡張してから、もう2回のセミナーが開催されました。名誉ある第1回目は千葉県の南房総市が、2回目は山梨県の小菅村が、村長さんも参加した形で開催しました。南房総市は平成18年に富浦町など6町1村が合併で新しくできた市で、房総半島の突端に位置し、館山市を取り囲むような形の市です。千葉県は、県が取り組まなくても人は来るという姿勢で目立った取り組みは行っていないが、房総半島の人口減は他県並みで深刻。房総半島全体での取り組みを検討してはと提案させていただいたところです。 6日には交通会館3階のイベントルームで茨城・栃木・福島・群馬・新潟の5県合同のセミナーが、昨年に引き続き行われました。福島・茨城・栃木の3県はその頭文字を取って「FIT地区協議会」を結成し、その3県が接する地域の活性化をめざし、様々な取り組みを行ってきています。数年前には、この協議会で「二地域居住研究会」を立ち上げ、意見書の取りまとめも行っています。この研究会には私も参加させていただいている。この際、国も「まち・ひと・しごと創生本部」を立ち上げ、本格的に移住の取り組みに本腰を入れるのであるから、3県はこの2地域居住研究会の報告の検証もやったらどうなのでしょうか。大いに意味あることのように思います。 5県の合同セミナーは参加者86名との報告を受けました。若干参加が少なかったのかなという印象がありますが、これはセミナーの性格がもうひとつ明確でなかったことによるのではないかと思います。最近のセミナー参加者は、様子を見に来る人よりも移住することを前提に参加する人が80%を超える状況にあり、そうした情報が提供できず、一般的な情報だけでは人が集まらない傾向がある。因みに、小菅村の参加者は19名。村長さん自ら出席という力の入れ方からも、アピール力があったのではないでしょうか。参加者たちは今後、小菅村に体験ツアーも計画しているとのことです。

花開くか ふるさと回帰運動

11月となり、今年も残すところ2ヶ月となった。朝夕すっかり寒くなり、熱燗が恋しいときもある。この時期に咲く花では黄色のつわぶきがいい。日陰にひっそりと咲くその姿はけなげだ。冬の到来を告げるその花は、私に越冬への決意を迫るようだ。 ふるさと回帰フェアも終わり、例年なら少し気分に余裕が生まれる時期であるが、今年はそうは行かない。「まち・ひと・しごと創生本部」が動いており、過日も基本政策検討チーム報告書(案)が出された。その中では、地方への新しいひとの流れをつくるとして、関連情報の一元化・ワンストップ支援、「全国移住促進センター(仮称)」の設置をうたっている。必要なことはその通りであるが、具体的にはどうなるのかわからない。「言うは易く、行うは難し」。往く都市住民側にも、受け入れる地方にも、さまざまに課題はある。丁寧な対応が肝要であることは言を待たない。過疎化・高齢化に悩む地方の立場に立てば、是非、ふるさと回帰支援センターの12年間のノウハウを活用してほしいと思う。 月平均の相談件数1000の実績からいえば、それが5000でも、10000でもどうすればいいかは見えている。ただ、問題は数ではなく、中身である。そして前提は行く人と受け入れる自治体の双方が満足する形である。地方の現実から言えば許された時間は短い。創生本部のメリハリの利いた対応こそが重要だと考える。 ふるさと回帰支援センターの生命線といえるものは何かと問われれば、それは年100回を越えるセミナーの開催である。受け入れる自治体と移住希望の都市住民が直接出会う場がセミナーだ。雨の日も、暴風でなければ台風の日だってセミナーは開催される。その内容も少しずつ変わってきている。11月2日に開催された長野県飯山市のセミナーはユニークだった。飯山市はふるさと回帰支援センター加入第1号の自治体で、移住者はすでに350世帯になろうかという老舗の自治体。来年の北陸新幹線開通では、唯一長野県内で新幹線が止まる駅で、期待は膨らんでいるところだ。そのセミナーは「北信州いいやま ふるさと暮らしセミナー(お仕事編)」として、建設業協会、観光局、地元企業が参加し、具体的な仕事内容の紹介や移住者体験談の発表もあった。例えば、ボイラー2級の資格者が高齢で退職するので、その有資格者がほしい、配管業経験者が必要など話が出され盛り上がった。参加者は事前申し込みが25組38名、当日参加含めて28組40名となった。 マスコミの取材は相変わらずで、今日も午前中は北東北3県のセミナーを来年計画していることに興味を持った新聞社が来た。話題が話題を呼ぶ。いい傾向であると喜んでいる。今週発売の女性セブンの取材も受けており、何を書かれるか楽しみである。社会新報の取材も来ました。2~3週間前には赤旗も。この間は農業共済新聞の1面「ひと 意見」欄にも原稿を書き、友人から幅広くやってるねと冷やかしの電話もありました。毎日新聞の「発言」にも書きました。11月中旬には掲載されると思いますのでご批判ください。12年間の苦労が花咲こうとしています。ご支援ください。寒くなりました。風邪など引きませんようご自愛ください。

宇沢弘文教授のご冥福を祈る

明日で9月も終わり。朝夕すっかり秋めいて、かすかに金木犀の香りがするようになってきた。こころなしか庭の木々の色づいてきたようだ。夕方も6時になるとすっかり暗くなってきた。秋はいつの間にか身辺に忍び寄ってきているようだ。 そうしたなかで、最近、訃報が多いような気がする。昨日は社民党の土井たか子氏が逝った。1990年の参議院選挙では「山が動いた」と勝利宣言をしたことを昨日のように覚えている。護憲派の論客でメリハリの聴いた発言が記憶に残る。その数日前には宇沢弘文教授も逝った。先生の社会的共通資本論は自治労的には納得できる理論でよく講演にも来て貰った。あれは何時だったか、宮古島で自治研究集会を開催し、記念講演は宇沢先生だった。満天の星空の元で何人かで先生を囲んで語り合った。ノーベル経済学賞にも御せられた先生であったが、偉ぶったところのない先生であった。連合時代には衆院選の投票率を上げる取り組みを行い、いまは無くなった新宿厚生年金会館で講演会を開き先生にも来て頂いた。あれが最後だった。終了後、隣の水炊きの「玄海」で食事会を開いたが、隣に座った加藤登紀子さんを捕まえて、「なんだ、ただのおばさんじゃないか」といきなり言い放った。加藤さんは、「あらー先生、いやだー」と恥ずかしがった。率直なものの言いようは、素直な性格の表れだったのか、理論と行動が一緒で、思い立ったらすでにチャレンジしていたように思う。三里塚問題でも尽力され、その結果、過激派に狙われ,SPを連れていたときもあった。健脚で、半ズボンにリックを背負い、どこへでも歩いていったりもしていた。新宿ゴールデン街にも出没。酒がまためっぽうに強かった。尊敬できる学者であった。心からご冥福を祈りたい。合掌   先週の土曜日には和歌山県と山形県のセミナーが開催された。和歌山県は大阪で月1回は定期的にセミナーを開催するなど精力的にふるさと回帰運動に取り組んでいるが東京での開催は久しぶりであった。近畿圏では早い段階からこの運動に取り組み、全国で唯一、定住センターを南紀・古座川町に置くなど、受け入れ態勢も調っている県で、近年は移住者を対象にした起業家の支援事業で成果を上げている。この日は32名の移住希望者が参加した。県からは課長以下も参加し、次年度以降への更なる取り組み強化を決意していた。また、その後に開催された山形県には12名が参加。鶴岡市、飯豊町、朝日町がブースを構え、移住相談を受けていた。山形県は、かつてはブースを構え積極的な受け入れに取り組んでいたが、最近の急激な移住希望者の増加に対応し切れてないような感がある。食文化の豊かさでは知られた県である分、もったいない。事実、ふるさと回帰支援センターの裏、銀座1丁目のアンテナショップのレストランは開店4年目に入ったがいまだに予約が出来ない状況である。   成功裡に終わったふるさと回帰フェア2014から1週間。一山越えた感があるものの、マスコミを含め人の動きはあわただしい。すでに次年度の会場の仮予約も行われている。参加自治体へのアンケートもメールで出させていただいている。結果も速やかにご連絡するようにしたい。会計報告もまた同様にしたい。都市と農山漁村の交流・移住の取り組みは政府も動き出し、これから数年が社会的に定着し、人口減が急速に進むなかで地域社会が生き残れるのか否かをかけた正念場を迎えることになりそうである。心して取り組みたい。 大阪でのフェアでお会いしましょう。

離島への移住は心構えが重要だ 

8月に入り、暑さもいよいよ本番。とてもじゃないが日中は外に出ようという気にもならない。しかしこのところ、ブース開設している自治体に限って認めている日曜日のセミナーが毎週のように開催されている。うれしい限りだが、出勤するスタッフの健康が気になりだしている。身体の管理は自己責任とは言うものの管理者の責任も当然あり、目配りをしている。3日は6階のふるさと回帰支援センタースペースでは久しぶりにというか、4月にブースを開設して初めての長崎県のセミナーが開催された。参加者は70人を越え、上々の滑り出しとなった。長崎は離島も多く、この離島への移住を期待しているようだ。離島への移住は、コミュニティー内の人間関係が濃厚で、なかなか入りこむのが難しいと言われてきた。しかし、入ってしまえば暮らしやすく、いいものだと言われている。事実、私が連合にいたときに入職してきたK君はその後、弁護士試験に合格し、研修を沖縄で受け、ハマってしまい、そのまま沖縄で弁護士になっている。K君は自治労時代につきあった都職労の活動家で、早大の先輩でもあった人の子どもだった。この親子は、代々木の私たちが作った道場の近くに住み、夏の夕暮れ時などには夕涼みを兼ねて道場に遊びに来たものだ。館長とKさんは早稲田の文学部の同級生で、四方山話に花が咲いたりすると、子どもは親の目を盗んで道場の板の間の上をはいはいして、遊んでいたりした。その子がK君だ。40年以上も前のことではあるが。 沖縄は9月20、21日のふるさと回帰フェア2014に初めて参加もしてくる。一般的な移住希望人気ランキングは沖縄・北海道・長野がベスト3といわれてきた。沖縄といえばこれまでお付き合いがなかったが、このほど、県の移住・定住政策の具体化事業をコンペで合格し、協力させていただくことになった。これまで12年間のふるさと回帰運動の経験をフルに活用してお役に立ちたいと思っている。沖縄の気風や食文化、そして戦中戦後の歴史などは、かつて何回も訪れており、心配はしていない。4年前にも琉球大農学部と組んで、農林水産省の6次化人材育成プロジェクトの展開もしている。 2013年の人気県ランキングで5番につけている熊本県が3日、東京交通会館3階のホールで移住相談会を開催した。前回も「くまモン」人気で6階のふるさと回帰支援センターには入りきらなかった。今回はより広い3階ホール、今回も営業部長の「くまモン」が登場、外で待ち構えていたファンに手を振りつつ、参加自治体の紹介の手伝いをしていた。2日土曜日は人気の岡山県がセミナーを開催。前回は超満員で入りきらなかったようで、今回は思い切って申込制で、しかも先着30名と絞り込んだセミナー開催にしたようだ。この方法は参加者には人気ゆっくり相談ができてよかったと好評のようであった。昨年と比べ、全体的に移住の相談が具体的になっており、必然的に時間も要すようになっている。こうした岡山方式も前向きに検討する必要が出てきたようである。

やっと梅雨が明けた

やっと政府は重い腰を上げた。政府に「まち・ひと・しごと創生本部」を設置するとか。期待している。増田元岩手県知事が代表を務める日本創生会議が先ごろシュミレーションした2040年に消滅可能性都市は896団体になる試算を明らかにした。2040年といえばだいぶ先のような気がするが26年先のことで、平成になって26年ということを考えれば、すぐ先のことである。抜本的な対策なしにはこの消滅可能性都市を守ることは難しいのではないだろうか。このデータ、とりわけ新しいデータではない。女性の出産可能年齢(20歳から39歳)を軸に厚労省の人口問題研究所が5年に1回行っているデータを解析したに過ぎない。女性の生涯で産む子どもの数を合計特殊出生率という。これが2・1人を下回ると人口減になるといわれてきた。すでに早い段階からこの問題は指摘されてきたが有効な対策が行われてこなかった。こうした傾向は先進国共通の問題で、こうした傾向を打破できたのは北欧を別にすればフランスくらいである。フランスは婚外子が多く、移民の子だくさんなどが理由に挙げられているのは御承知の通りだ。理由はいくつかあるが、子育て環境が大都市ほど悪い。待機児童の数や学童保育の足りなさなどが時々マスコミを賑わせている。女性の社会進出の拡大がアベノミクスの第3の矢のメニューに挙げられているが、現状は掛け声倒れになっている。 子育て環境について見てみると、大都市より地方の方が圧倒的に良い。最近のふるさと回帰運動を見てみると「安全・安心」をキーワードに西日本が人気となっている。自然環境の良いふるさと(地方)で子育てをしたいという世代が急増しているのだ。ここに消滅可能性都市の消滅を免れるヒントがあるのではないだろうか。前回述べた鳥取県の4年で移住人口2000人の達成は子育てにやさしい県をスローガンにした取り組みが功を奏したといっていいようだ。 移住者受け入れに向けて動き出した広島県が19日(土曜日)に県としてのセミナーを開催した。福山市をはじめ庄原市・江田島市・呉市・府中市などが参加、久しぶりのことでどのくらい集まるのが不安のようであったが61組84名の参加で仕掛けた県担当はほっとしていた。いくつかの自治体に反応を聞いたが非常に反応が良かったといっていた。しっかり受け皿を整備して9月のふるさとフェアに参加したいと語っていた。全県が東京にブースを開設し、急ピッチで受け皿の整備に力を入れれば、ふるさと回帰運動はさらに大きく膨らんでいく。この取り組みが政府の「まち・ひと・しごと創生本部」をしっかり下支えできればと願ってやまない。

青森県が相談員を配置しました

6月になったが、東京は5月下旬から暑い日が続いている。ふるさと回帰支援センターへの来訪者は相変わらず多く、5月31日の土曜日も長野の安曇野市と石川県がセミナーを開いたがあふれんばかりの盛況ぶりであった。何か、ひとつの壁が抜けたような感じである。来訪者も後を絶たない。移住希望者はもとより、自治体関係者も入れ替わり立ち替わりという状況である。 31日に事務所に顔を出したら、山梨県の担当者があいさつに来た。なにごとか思ったら、1年間お世話になりましたということだった。山梨県は昨年6月からブースを開設し、いきなり1ヶ月の相談件数が250件を突破した。1年間の相談件数は2053人と県の予想を上回った。さすがの人気ぶりといっていいだろう。タイミングも良かった。山梨県は団塊世代の人気が高く、その団塊世代が雇用延長も終わり、いよいよ地域に戻るなり、悠々自適の田舎暮らしを始めようという時期とぶつかったことが幸いしたようだ。私どもも、山梨県のブース開設が、いい意味で集客に関して相乗効果を生むことにつながったと思っている。 青森県が4月のブース開設に伴い、6月から専従の相談員を配置した。青森市出身の東京学芸大出の才媛。青森は、生活の質の高さもさることながら、太宰治や棟方志功を生み、ジャズにつながるともいわれる津軽三味線の音色など文化度も高い。青森の良さを十分に移住希望者に伝えていただけるものと思っている。オープニングセレモニーには青森大学教授の見城美枝子理事長も出席して盛り上げた。先々週の23日には地元で第1回あおもり移住・定住促進協議会が全市町村の担当課長級を集め、開催された。取り組みが他県に比べ遅れた分を取り戻そうと受け入れ態勢の整備を誓い合った。県内の注目度も高く、多くのマスコミも押し掛けていた。私からは「ふるさと回帰運動のいまを語る」と題して、全国状況や最近のふるさと回帰の傾向などについて講演させていただいた。日帰りしたのだが、新青森駅の近くに三内丸山の縄文遺跡があり、見学した。遺跡のスケールの大きさに驚き、5500〜4000年前のものということだが、まだ生暖かいような手触りを残していた。自分のルーツを訪ねた気分もした。是非一度お訪ねすることを勧めたい。 政府はついに人口減少問題に対応する総合戦略本部を設置すると今日のニュースで流れた。いよいよ、ふるさと回帰運動は新たなステージを踏むことになるのではなかろうか。

3県合同移住相談会を開催します

知り合いを通して、ベトナム国内の反中国デモの情報が入ってきた。本来同じ共産圏内の両国だが、従来からそんなに仲良い関係ではないようだ。かつて1979年には中越戦争もしている。この時は中国がベトナムを懲らしめるために攻め込んだが、手痛い目にあい、撤退している。今回は一方的な中国の西沙諸島での石油の掘削開始が問題。ベトナムは一歩も引かない決意のようで、国内的にはデモは禁止だが、政府黙認で国内各地で大規模のデモが展開されているようだ。中国系企業が襲われ、死者も出ている。デモ隊は企業に行って「どこの国の会社か」と聞いて、壊しているようだ。日本企業は日の丸を掲げるよう申し合わせているとのこと。中国の膨張主義には困ったものだ。国内問題を外に転嫁しているのだろう。そもそも国の統治システムが壊れているのではないだろうか。 6月15日(日)、初めて人気の山梨・長野・静岡が一堂に会し、3県合同移住相談会&セミナーを有楽町駅前の交通会館12階カトレアAで、ふるさと回帰支援センターの主催で開催する。人気ランキング1、2がそろって出展。先週末の岡山、香川の移住相談会もそれぞれ100名を優に超える参加者が押し掛けたとか。こちらも多数の参加が期待される。3県からは県をはじめ市町村など34団体がブースを開設するので、参加者に相談できなかったなどの迷惑をかけることが無いよう万全の対応をめざしているので是非参加してください。成功すれば、こうした形でのセミナーも随時開催したいと考えている。 今週初め、福島県のいわき市長からふるさと応援大使の委嘱を受けた。40名に委嘱したようで、秋吉久美子さん、ケーシー高峰さん、などが各界から選ばれ、東日本大震災からの一日も早い復興を誓い合った。 http://www.minpo.jp/news/detail/2014052015777  

桜はまだか | セミナー VIEW MORE

桜はまだか

ここ2~3日、朝夕はまだ寒いが日中はすっかり春めいてきた。コートを脱ぐのもあとわずかでないだろうか。桜も昨日、開花宣言が発せられた。春は冬の厳しい寒さがあるからまた一段と季節の移ろいに対する喜びが深いのかもしれない。 春を想うとまず目に浮かぶのは菜の花畑、あの菜の花の匂いはふるさとを思い起こさせる。そして、小川のせせらぎ。透き通るようなきれいな水の中を泳ぐ小鮒のスリムな姿は私を夢中にしたものだ。まさに、小鮒釣りしかの川がふるさとにはあったのだ。しかし、その川も小鮒もすっかり見ることはなくなった。淋しい限りだ。私たちの心を励まし、慰める自然の崩壊は激しい勢いで進んでいるようだ。その結果、人心の荒廃は進んでいるようだ。失ったものは帰らない。大切にしなければと思う今日この頃だ。 18日には久しぶりに山梨県に呼ばれて講演にいった。昨年6月のブース開設以降、人気沸騰という感じの山梨県であるが、さらに地域の受け皿を強化しようと従来からあった富士の国やまなし農村休暇邑協会とやまなし二地域居住推進協議会が合体し、あらたに「富士の国やまなし移住・交流推進協議会」を設立することになり、その総会で講演したのだ。この協議会には県下7市町村をはじめ、農林業団体、商工業団体、観光業団体、不動産業団体などが参加している。山梨県は人気は高いが地域の受け皿がもう一つと言われてきたが、その課題の克服に向けて体制が確立されたようだ。 先週の連休の谷間の土曜日に長野県のセミナーが開かれた。大町市や長野市、木島平村、原村、辰野町などが一堂に会した。さすが人気の長野県、そこに64名の移住希望者が集まった。会場は人気むんむん。子連れのお母さんと若者の姿が目立った。最近、ジワリと若者のUターンが増えていると聞くが、なるほどと思わせるものがあった。また、今週の日曜日はこれまた人気の飯山市。すでに25名の申し込みが寄せられている。年度末ということもあるのだろうが若者の姿が目立つようだ。 3月は別れの季節といわれるが、ふるさと回帰支援センターでも3名の方が巣立っていった。とくに星君は5年頑張っていただいた。当初から5年を目途にということだったので、満期終了ということになる。少ない人数の中で頑張ってもらった。心から感謝したい。そして、幸多い人生を祈りたい。  

能登は世界の旅行ガイドブックでも話題に

2月は逃げるように終わると言われますが、今日はもう24日。早いもので残すところあと4日です。しかし、今年は記録的な大雪が2回も降り、長く記憶にとどめられるのではないでしょうか。 昨日はまだところどころに残雪がある近所を散歩しましたが、梅がもう満開のところもあり、甘い香りを漂わせていました。確実に季節は巡りつつあるようです。 週末の22日(土)には久しぶりに石川県がセミナー開催しました。 来年春、待望の新幹線が長野を経て北陸まで入ることもあって、北陸地域では観光、移住、二地域居住への期待が高まっており、そのための県主催の懇談会もすでにスタートしています。 こうした動きを背景にセミナーの参加者は21名に達し、手ごたえを感じ取っていたようです。参加した県内の受け皿の一つである能登定住・交流機構の高峰事務局長もこれからと決意を固めていました。2月8日(土)には石川県の穴水町が初めてのセミナーを開催する予定でしたが、大雪のためにやむを得ず開催中止に至った穴水町の担当者も挨拶にお越しになりました。是非セミナー開催に向けて、再チャレンジを目指したいと言っておられました。 オーストラリアの若者の旅行バイブルと言われている「ロンリープラネット」という旅行ガイドブックは、世界中で親しまれています。この「ロンリープラネット」が発表した「Best in Travel 2014」の地域部門(お勧めの観光地)で“北陸”が第4位に選ばれました。このように北陸はいろんなところで話題になっているようです。 そして、23日(日)には、山梨県のセミナー開催枠を利用して、韮崎市が初めてセミナーを開催しました。こちらも28名の参加者を集め、初開催としては手ごたえのある実績を積んだようです。 昨年6月に移住と就職の相談体制を構築した山梨県は市町村の受け皿の整備が課題でしたが、こうして1か所ずつ整備が進めば、移住者も増えていくことになるのは明らかで、さら期待が膨らみます。

大雪でも広島県がセミナー開催

東京は2月8日、朝から45年ぶりの記録的な大雪となりました。都心でもところによっては30センチになろうかという積雪でした。45年前の大雪は覚えており、図書館でアルバイトをした帰り、都電も止まり、神楽坂まで歩いて帰った記憶があります。 この日は、前理事長の立松和平君の4回忌。彼が作家としてデビューし、最初に売れ、映画化もされた遠雷という小説に因んで昨年から遠雷忌と命名し、執り行うことになって2回目になります。あいにくの雪ということで遠方からの参加者は交通の関係で参加をあきらめた方もあり、30名弱の参加者でした。深々と降る雪のなかに福島泰樹住職の読経が消えてゆく様は心震えるものがありました。 その後の講演も福島住職に話していただきました。最初に会ったのが1970年であったこと。立松君は当時流行であった肩までの長髪であったことなどが語られました。みんな元気がありましたが明日が見えない、辛く苦しい時代でした。 その後、雪の降り振りは酷くなっていきましたが、せっかく予約したのだからと直会に行ったのですが、気がつけば外はすでに20センチは雪が積もっている状況でした。予想外の大雪で交通網は寸断され、普通は1時間のところも2時間はゆうに掛る混乱ぶりでした。 9日は都知事選挙の投票日だったが予想通り投票率は伸びず、既成政党に乗った候補の圧勝となりました。結果をみると田母神氏が意外と善戦、若者の票を集めたとのこと。やはり、脱原発派は統一候補を探ることなく自公の押した舛添候補に勝てるはずはなく、残念なことです。選挙は、まず勝つことなく何も変わらないことは自明で、主義や主張を優先させる限り、何もまた変わらないことも自明。これが戦後日本の政治であった。いつになったら政治とは何かを理解し、一歩踏み込んだ対応でこの閉塞状況を突破できるのかと思ってしまいます。 大雪の8日も有楽町のふるさと暮らし情報センターではセミナーが開催されました。開催したのは広島県。人気の中国地方で、もう一つ動きの見えなかった広島県でしたが、やっと動き出しました。参加した自治体は呉市をはじめ9団体。雪をものともせずに参加した移住希望者は何と32名を超え、中国地方の人気の高さを証明する形となりました。 日も雪の残る中、長野県が開催。一部キャンセルした自治体も出たが8自治体が参加し、そこに40から50名の移住希望者が参加という状況でした。 こうした話しを聞くと、丁寧に、丁寧に、移住希望者の思いを大切に相談に乗っていきたいものと思うばかりです。

今日は節分

今日は節分、季節を分ける日だ。明日から立春。「春は名のみの風の寒さや」という歌があるが、それでも暦の上では春なのだ。ちらほらと梅の便りも聞く。今日までの農水省の六次化の起業家育成のセミナー開催地の和歌山県古座川町の定住センターの圃場の梅も満開のはずだ。 先週30日、帝国ホテルで自治労結成60周年の集いがあり、出席すべく日比谷を歩いていたら鹿児島県のアンテナショップの前で、指宿の菜の花を配っていた。思わず立ち寄り、一輪いただき、家に持ち帰って飾ったら、我が家は一気に春となった。この時期のこうしたプレゼントは心和ませるものがある。 指宿には一昨年の12月、宮崎県の高原町に講演に行った折に足を延ばし、砂風呂に浸かった。その時も菜の花は満開で、空豆の白い花も満開であったような気がする。私の机の前には、開聞岳の麓が菜の花で埋め尽くされた絵葉書が張ってある。沖縄戦で知覧から出撃した特攻隊の若者たちが最後に日本に別れを告げた山である。開聞岳を見るたびにそのことを想い出し、思わず涙する。 年が明けても、ふるさと暮らしセミナーの開催は順調に推移している。1月31日(金)は新潟県上越市が久しぶりにセミナーを開催し、テレビ新潟も取材に入った。翌2月1日(土)は千葉県主催で9市町村が集まってのセミナーを開催し、20家族31名が参加した。各自治体のブースには数組ずつの相談者が相談に押しかけた。さすが人気の千葉県というところか。午後からは会津振興局が開催、こちらも若者の移住希望者が熱心に相談する姿があった。 昨日は都知事選挙の投票日までの最後の日曜日。銀座は候補者が入れ代わり立ち代わり街頭演説に押し掛け、大変な熱気だったとか。事務所の下は有楽町イトシア前ということで時々候補者が来て、演説会を開く。ついこの間も小泉元総理が青いダウンを着込み、元気な声を張り上げていた。2001年のヨハネスブルクでの環境サミットでお会いして以来、初めて本人を見たが、齢は否めなかったが、それでも元気であった。なにが元総理を街頭に立たせるのか、大いに見習いたいと思った次第。いずれにしても選挙戦はあと5日だ。皆さん、投票に行きましょう。

今年のふるさと回帰運動を振り返る

今年も残すところあとわずかになりました。 ふるさと回帰運動の一年を振り返ると、全体としては運動全体の底上げが図られた1年であったと総括できます。 人気県別ランキングのトップ5にランキングされている県がしっかりとこの運動を牽引しており、それらの県に続く10県程度の県が地域に根を張った取り組みで健闘しているようです。そのグループに続く10県程度の県が次年度に向けてブース開設の検討などをはじめ、動き出しているという状況であると考えています。このグループの動きが具体化すれば、ふるさと回帰運動は勝手に走り出すのではないかと考えます。 こうなってくると、やっとふるさと回帰運動が、当初の目標であった国民運動になっていくのではないかと思います。目先のことを考えれば一喜一憂してしまいがちですが、10年単位で地方自治体の今後を考えると人口減と高齢化問題が深刻なものとなり、ズシンと腹に効いてくるような気がします。 日本の人口は2008年をピークに減少に入り、人口は2010年に1億2806万人であったものが27年後の2040年には1憶728万人と2078万人も減少すると推計されています。この人口減少は過疎地から徐々に都市部へと広がっていきます。 持続可能な地域づくりのためには、今がぎりぎりのところに至っているのではないでしょうか。都市と地域の交流・移住における、この運動の重要性が今こそ問われているようです。 先週の土曜日には10月のセミナーが台風の接近で中止になった長崎県が五島市など10自治体の参加のもとでセミナーを開催し、29名の方が参加されました。 このセミナーには県の担当課長も参加され、「たくさんある離島への移住を何としたいのだが……」と言っておられました。「ならば。具体的な離島暮らしの提案をしてみたらどうですか?」とアドバイスしておきました。立ち止まって考えていても何も変わりません。まず、歩き出し、そして考え、さらに歩き続けることが肝要なのではないでしょうか。実現は来年になると思いますが、長崎の離島に絞ったセミナー開催に期待したいものです。 また、日曜日の山梨県と山梨中央銀行がコラボしたセミナーには若者を中心に38名が参加、盛況でした。6月にブース開設し、月の相談係数が200件を超えて人気だった山梨ですが、その頃はシニア世代が60%と他県に比べてシニア世代が多い特徴がありましたが、ここにきてインターネットでの発信も丁寧に行ってきた結果、若者の相談が増えてきているようです。 情報発信に工夫すれば、セミナーの参加者も変わります。当たり前のことですがこれがなかなかできないのが現実です。確実に、誰でもいいからわが町に来てほしいという段階は過ぎているようです。いまやふるさと回帰運動は対象者を絞った提案と、それに見合った・効果的な情報発信の仕方などの工夫が重要になってきています。

山梨県の実力を見た

6日、梅雨明けした。満を持したような勢いで東京は一気にむせ返るような暑さとなっている。 今年も6月最後の週に知床に行き、先週末は函館に行き、北海道の夏を経験しているので、今夏の急な梅雨明けは身体に応える。   函館は、60年安保闘争の全学連委員長の唐牛健太郎の墓建立23回忌で行ったもの。来年は没30回忌ということで、久しぶりに歴史を検証する文化講演会を函館で開催することを参加者一同で確認した。 今年の墓参りには、かつては立場を異にし、以降、叱咤激励し合う関係というのか奇妙な信頼関係にある(私はそう思っている)一水会の最高顧問鈴木邦男氏も参加された。前から一度参加したいと言われていたので誘った次第で、今回初めて実現したものである。 これまでも会えばあいさつはしてきたが、今回初めて少し話をさせていただいたのだが、義に篤い、心に響くものを持った人であった。鈴木氏も福島県ゆかりの方ということで、一緒に函館最古の寺院・高龍寺に行った。そして境内にある「傷心残目の碑」もお参りした。このお寺は最後の函館戦争の時の病院で、負傷した会津の兵が立てこもったところ。そこを突然襲った津軽や松前の兵によって医師を含む兵が惨殺され、火をつけられたことで、この碑が建立されている。143年前のこととはいえ、こうしたところにもふるさと・福島のゆかりの地があり、ひどい目に合っている。歴史の残酷さを想わざるを得なかった。     ついに記録が更新された。 といってもそれはセミナーの参加者の数についてである。昨日の岡山県の移住相談会の参加者が159組269名に達した。夕方4時で締め切ったため、相談できなかった人もあったとか。それにしてもすごい数である。中国地方の人気は衰えてはいないようだ。同日は、JR東日本と組んだ長野県佐久市のセミナーも開催された。こちらは大人の休日クラブ会員限定のセミナーであったが、こちらも満員の盛況ぶりで、ふるさと回帰運動の広がりを実感させられる一日となった。 このほど、6月一カ月の来訪者の集計が明らかになったが、何と2年前の2011年の東日本大震災以来の950件を越える数の多さになった。その理由はいくつかあろうと思うが、一番は6月から山梨県がふるさと回帰支援センター内に人員を配置したブースを開設し、移住と就職相談を合わせて対応していることによるもののようだ。来客も一カ月で170件を越えた。断トツのトップの集客である。周辺地域の相談が増えたり、負けてはいられないと周辺地域もPRに注力したこともあり、いい意味での相互作用による相乗効果による結果が生まれているのではないだろうか。事務局としてもある程度の結果は予想されたが、こんなに早く成果が出るとは思わず、山梨県の実力を見せつけられた気がする。

動き始めた高知県の移住対策 

7月になった。まだ梅雨は上がってはいないが、今日は朝から暑く、夏背広がうっとうしいような気がした。梅雨明けも近いのではないだろうか。 6月29~30日、恒例の毘沙門祭で北海道・知床に行ってきた。彼の地は前理事長の立松和平君が愛してやまなかった地で、ログハウスまで購入し、滞在したこともある地である。そこに早稲田の先輩で歌人、法華経の住職でもある福島泰樹さんの協力で毘沙門堂を建立したのが19年前、毎年例大祭を行っている。それに参加したのである。知床は、今年は寒く、5月に60cmも雪が降るなどして、知床横断道路は開通が遅れて、やっと7月1日からということだ。ただ、今回は天気が良く、暖かさも十分で知床の夏を満喫することができた。   地元の農家の人に話を聞くチャンスがあり、TPP問題について伺ったが不安は大きいようだ。このままTPPへの参加が強行されれば1/3の農家は離農せざるを得ないのではないかということであった。明治になって本格的な北海道への入植が始まって100年にはなるのだろうか、荒野を開墾し、今や広大な農地となった、豊かな大地が離農ということで荒廃していくのは悲しい。まして、この大地と格闘してきた先達を想うと他に手がないのかと心から思う。 ただ単に、利益を得ることを第一に考え、国の形や姿、食料安保や自給率の確保を考えず、アメリカの要求に屈し、国を売るようなことは「百害あって一利なし」と言わざるを得ない。すでに人心の荒廃はとめどなく広がる現状において、さらに悪化することは明らかである。「衣食足りて礼節を知る」のは当然のことである。格差社会を拡大することによって、この愛すべき国土を荒廃させてはならない。   さて、いよいよ高知県の移住への取り組みが本格化してきたようだ。5月の東京交通会館での相談会には83名の参加があり、大いに賑わったが、6月30日にもまたふるさと回帰支援センターで相談会を開催し、56名の参加者を得た。今回はゲストにビックコミック誌の「釣りバカ日誌」の主人公・浜崎伝助のモデルとも言われる黒笹慈幾さんをお呼びして、高知暮らしの楽しみ方を語っていただいた。この取り組みのキャンペーンポスタ―もまたいい。チャッチコピーは「高知県はひとつの大家族やき。」で、ちゃぶ台の前に高知出身の広末涼子が座っている。このレトロさが目立つようだ。

岡山の相談会に155人が参加した

昨日は大寒とか、暦の上でも一年で一番寒い時期だ。14日の成人の日は朝から雪、夏のカキ氷のようにどんどん積もった。数年ぶりの大雪とかで転んで怪我した人が1000名を超えたとテレビで報道していた。日曜ごとに観ている朝8時からのサンデーモーニングの女性キャスターも腕を肩から吊るして登場していた。あれから一週間になるが日陰ではまだ雪が残っている。寒さはこれからが本番、ご自愛ください。   さて、一昨日書店で手にした浜田宏一イェール大教授の「アメリカは日本経済の復活を知っている」は興味深い本であった。円高、デフレは日銀の金融政策の失敗によるものと断定している。ほぼ、すべての先進国が金融緩和を行う中で、唯一、わが国のみが逆の政策を行っている事実を明らかにしている。日本の金融関係者の多くは、デフレは一概に悪いものではないと考えていると指摘している。 また、民主党政権の財務大臣など金融関係大臣の人選についても批判している。全くの素人を配置し、その結果、財務省、日銀の跋扈を許したとしている。財務大臣に至っては、この金融危機の中、最近読んだ本は「鬼平犯科帳」と回答している事実を上げ、これでは問題があるとしている。 円高、デフレの現実は、国内産業の空洞化を招き、地方は企業に撤退などで大きなダメージを受けている、内容は多岐に渡り、一般的な読み物としても十分に楽しめる一冊である。 この円高、デフレについて私は、政府が有効な手を打っていないことから、その理由をアメリカが日本に対し影響力を行使し、行わせているものと考えていた。しかし、事実は違っていたことになる。反省しなければならない。   年明けのふるさと回帰支援センターは引き続き、活況を呈している。19日のセンターの来訪者数は記録を更新した。この日は土曜日とあって2回のセミナーが行われた。前段はこの間人気が急上昇している岡山県の相談会とあって11自治体が16のブースを開設し、そこには何と155名の参加者が集まり、セミナーコーナーは人で溢れかえった。 後段も人気の長野県のセミナーで5自治体が参加し、46名が相談に訪れた。前日18日の山形県川西町のセミナーは原田町長自らが参加。これまた10名の来場者があり、盛り上がったセミナーとなっていた。今後も毎週セミナーが予定されている。是非、HPをチェックし、今や国民的な運動になりつつあるふるさと回帰運動に注目していただきたい。

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何事の起こりしやは明らかならず

このところ脱原発の行動が大きなうねりとなっている。昨29日も国会包囲デモが行われ、数十万人が炎天下の中、集まったという。戦後のこの国を振り返ると、こうしたデモが行われたのは1960年の安保反対闘争、60年代末の全国学園闘争があげられるが、今回のこのデモはこれまでのデモとはおもむきを少々異にする。先にあげた2つのデモは政治闘争のおもむきが強いが、今回の運動は生活、暮らしという観点からの運動のような気がする。したがってデモ参加者も女性が多いようだ。生活や暮らしへの危機感から出発している分だけ、安易な妥協というものは難しいようだ。この運動がどのような軌跡を辿り、いかなる社会を招へいするのかは軽々には論じられないが、何か新しい時代へと道を拓くものになりそうな予感がするのは私だけではあるまい。 政府の方は、烏合の衆と侮っているような節があるが、どっこい対応を間違えると大化けするような気がする。先にも書いたように生活に根ざした運動であるだけにそのうち下火になるような質の運動とは思えない。早めの対応こそが肝要と考える。   28日の土曜日、夕方6時から長野県の阿部知事も参加したセミナーを有楽町のふるさと回帰支援センターで開催した。他に飯山市の足立市長、田舎暮らし「楽園信州」推進協議会の玉村豊男名誉会長も参加、長野のふるさと暮らしの受け入れ状況やこれからの取り組みについて活発な意見交換が行われた。中でも、足立飯山市長からはすでに飯山市では145世帯もの移住者を受け入れていることが紹介され、参加者の関心を引いていた。3・11の原発事故以降、福島県に代わって長野県が来訪者人気のトップになっている。知事自らがセミナーに出席するなどふるさと回帰の受け皿への意気込みは強い。 また、3・11以降のふるさと回帰のニーズが急増していることもあって、現在いくつかの県や市からブース開設の問い合わせが来ている。一か所でも多くのブースの開設はさらに来訪者の増加につながる。期待は大きい。

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